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洋野町に来て本当に良かった。

【関係人口コラム】 vol.8

こんにちは!ヒロノジンの星空之介です!

まずは、自己紹介させていただきます!神奈川県出身の東海大学教養学部3年生です。『やりたいをできるに』という人生テーマのもと東北で自分のやりたいことをたくさんやらせていただいております。

今回はそんな僕の一番大好きな北三陸「洋野町」と僕が関わるきっかけについてお話させていただきます。

私はきっかけ食堂のメンバーではありませんが、先日のきっかけ食堂@東京の洋野町のイベント、石巻のイベントと関わらせていただき、今回コラムを書くこととなりました。

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(釣りが大好きです!!)

洋野町ってどこ??

僕の最初のイメージは『どこ??』でした。
それまで東北太平洋沿岸はほとんどの地域に震災後行っていましたが、初めて聞いた名前でした。

洋野町は岩手県沿岸最北にある町で、青森県階上町と岩手県久慈市の間にある陸の秘境です。

うに牧場と言う、世界で唯一のうにの生産体制があります。

海に突き出た岩盤に溝を掘ってそこにうにの主食であるワカメや昆布が生息できる環境を作り、そこでウニを育てることで甘みが強く身がとても大きいうにが取れます。

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(うに牧場の写真)

洋野町のうには『世界で一番美味しいうに』と言っても過言ではないくらいに美味しいです!

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(うにが牛乳瓶に入っています!)

インターン期間中はうにのシーズンじゃなくて食べれなかったです。泣

またあまり知られていませんが、洋野町、北三陸は実はあまちゃんのモデルになった場所でもあります。


僕と洋野のきっかけ

僕が洋野町と出会ったのは復興庁の復興創生インターンでした。
震災をきっかけに自分のルーツである東北で、何かしたいけど何もできていなかった僕は適当に見ていたHPに載っていた洋野町に「どこだ?行った事ない。行きたい。」

そんな軽い気持ちだけでインターンへエントリーしました。

そしてそんな軽い気持ちであったのにも関わらずインターンに参画が決まり、洋野町へいくことになりました。

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(一緒に洋野町で奮闘した同期たち!今でも仲良しです!!)

洋野町について初めて思ったことは、「本当に被災地なのか?」でした。
これまで旅行でたくさん東北の地域を見てきましたが、初めての雰囲気でした。

それもそのはずです。実は洋野町は岩手県の沿岸地域で被害が一番少なかった町です。

そのため、街も被害を受けたのは堤防より外側だけなので皆さんの想像する被災地とは少し違う場所です。また、北三陸は三陸特有のリアス式海岸ではなく、岩盤地帯なので海も荒々しく、養殖棚もありません。

その洋野町で私は北三陸ファクトリーという地域商社でインターンをしていました。

当時のインターン内容は海の匠(地域の漁業関係者)と地域の学生の学び合いのフィールドワーク「北三陸うみの学校」の一回目を開催するというものでした。

本当の僕を教えてくれた場所

この1ヶ月のインターンで僕はたくさん苦しみ、たくさん成長させていただきました。それは洋野町の町の皆さんのおかげでした。

フィールドワークを開催するために、たくさんの地域の方、学校の方、役場の方に会いに行き自分たちの思い、ビジョンを伝えました。

すると町の方々は神奈川から来た素性も知らない大学生のために時間を使ってくれて、しかも協力するよ!と支えてくれました。

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(関わってくれた人たちをみえるかしたポスター。1ヶ月で街にこんなコミュニティができ、みんなが支えてくれました!)

神奈川県生まれ神奈川育ちの僕にとって街のみんなが助けてくれることが初めてでした。

町中を動いているうちに、洋野町にいることがすごく心地良くて、気づいたら大好きな場所になっていました。

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(土日も洋野町に行って、地元の学生たちと一緒に釣りしてました!)

1ヶ月のインターンが終盤のイベント当日。海の匠として参加してくださった社長が、イベント中に「街が動いている」と感動してくださいました。

その時に自分はこの街に来て本当に良かったと感じ、何か本気でやることで、自分は何もできなくても、「何かをすること」はできるということがわかりました。

そして、この街のために自分ができることがあればやりたい。僕たちを助けてくれた方に今度は自分が何かをしたいと思いました。

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(地元の皆さんと集合写真)


これからの洋野町と僕の関わり

僕はまだ洋野町が大好きな一大学生です。
でもこれからは、自分が大きく成長するきっかけとなった洋野町に何か恩返しができるように活動したいと思っています。

今大学3年の僕ですが、大学卒業後、洋野町の地域商社で就職したいです。

まだ自分は未熟であり、何ができるかはわかりませんが、『何もできない』からこそ『なんでもできる』ようになれると思います。そうなれるように楽しんでいきます!

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(里帰りした時の洋野町大野での一枚。かっこいいから貼りたい笑)


そんな僕は洋野町に関わる『ヒロノジン』です。
ヒロノジンは洋野町のポスターに書かれている言葉ですが、洋野町に住んでいる人、関わっている人、好きな人、全員が僕はヒロノジンだと思っています。

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洋野町って初めて聞いたけど、このコラムを読んで興味を持った!!と思ってくれる方がいたらとても嬉しいですし、是非洋野町に来て、うに牧場のうにを食べてみて欲しいです。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

星空之介


【関係人口コラムとは】
きっかけ食堂に関わる東北好きの皆さんに、東北と関わり続ける理由についてお聞きします。

コラムを通じて、多くの人が都市から東北、地域に関わることの「楽しさ」や「関わりしろ」を知るきっかけになれればと思います。是非、ご覧ください。

関係人口とは?
「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々をさします。
(総務省関係人口ポータルサイトより引用)

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