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smashing! ぜいりしとおれと

季節は春。佐久間イヌネコ病院の鉢植えの紅梅は満開だ。
けれどもこの時期は何故だか心晴れないことが多い。寒の戻りやら別れやら出会いやら。要因は数限りないけれども、今、獣医師・佐久間鬼丸の心を重くさせているもの。それは。

三月中旬締め切り。魔の確定申告である。


「わけわかめ…」

「鬼丸、そっち仕分けできた?」

「ううん。わけわかんないこんぶ。がごめ。あかもく。あ、売上げはサンゴの保護基金になるんだってーーーアハハハハ千弦う俺さ明るい農村呑みたいな呑んでもい?」

作業開始早々に佐久間が壊れた。さっきからわかめとこんぶとかしか発しない。うっすら泣いてるし。しかも焼酎呑む言い始めたぞおい。いつもなら病院の事務なら先導してこなして回る佐久間がこんな調子では、喜多村はお手上げである。机に身を投げ出して遠い目をする佐久間を宥めながら、喜多村はこんな時の救世主となり得るであろう、友人の結城卓にヘルプを申し込んだのだった。

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「というわけでぇ、税理士のハルちゃんでーす!」

「結城様よりご紹介に預かりました、税理士の雲母春己と申します」

ピッカピカの名刺入れ(型押しでないクロコダイル)から差し出された名刺。きららはるき。リアルキラキラネーム。外見は驚きのイケメン。黒髪オールバック、切れ長の大きな目、長身痩躯。これは…まさかのキャラ被り。被るにも程があるだろ。ただ、雲母はフルオーダーイタリアンスーツ+鯖江フレームの眼鏡である。この物語内での眼鏡キャラはかなり稀少だ。

「よろしくお願いします…」

佐久間の目があろうことかハートになっている(気がする)。おい鬼丸テメエ!背が高くて黒髪でツリ目だったら誰にでもポーってすんのか!何だそのトロ顔は(当社比)スーツ好きか今度着てやるし!この腐れビッチが!大好きだけど!

「ほら千弦も。ちゃんと挨拶して」

何で俺が躾けられてる感じになってんのお!訳わかんない!わかんない!何コレ!

「佐久間さんの帳簿類を預けて頂けませんか?わからないことがありましたらその都度ご連絡させて頂くということで」

「問題ないです。よろしくお願いします」

鬼丸うううう…

この間およそ10分強。喜多村千弦はお茶を出したあとその場で直立不動、終始無言。ただ彼の心の中は春の嵐よろしく大荒れに荒れていた。

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「俺らんとこも全部ハルちゃんにお任せだよー」

雲母が帰っていった後、結城はソファーを陣取り手土産に持参したタピオカミルクティーをすっぽんすっぽん啜りながら、佐久間に言う。

「レシートとか、送られてきた請求書とかも。封開けずにそのまんまハルちゃんに渡しちゃう」

うーわー … 一番やっかいな客じゃね?とは思っても口には出さないのが賢明。喜多村は黙ってタピオカを啜る。

「大丈夫!ハルちゃん、お仕事だけは完璧男子だから」

結城が、あの雲母を「お仕事だけは完璧男子」と言った訳を、俺たちはすぐに思い知ることになる。

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翌々日。朝イチの宅配で病院にそれは届けられた。
体感的には、秒で戻ってきた。
全ての帳簿は小さなUSBメモリ1本に纏められ、提出用の用紙には何の疑いも持てないほどの細かいフォロー。各所にメモ付き。「このまま提出して頂いて問題ないです」雲母税理士の余裕の笑みが感じられるようだった。

「ハルさん紹介してもらってよかった。俺ほんと無理だもん。簿記も持ってないのにいろいろ無理。千弦にも迷惑掛けた。ごめんな」

今みたいなしおらしい佐久間も好物ではあるけど、人には適材適所があるんだ。自分達には簿記は広大な宇宙だという力説は理解できない。だけど動物の身体の神秘には誰よりも詳しい自信がある。世の中ってそういうもんだと思う。喜多村は佐久間の肩をぽんと叩いた。
雲母税理士のフォローメモによると、USBに入れられた簿記のフォーマットは、佐久間のノートパソコンに入っているソフトで入力出来て、数字入れるだけで自動計算してくれる。日々の帳簿付けも楽になります、とのこと。
素晴らしい。何でも楽になるにこしたことはない。佐久間と喜多村は目を輝かせながらノートパソコンにUSBを差した。そして開いてみた。

しかしそこにあったのは。

開かれたウィンドゥの中にみっしりと並んでいたのは、白髪の品のいい紳士達の画像アイコン。
それと同時に病院の入り口から凄まじい勢いで入ってきた男性。まさに転がり込んできたのは、雲母税理士その人だった。

「…み…見ました?」

佐久間と喜多村は、同時にカクカクとロボ化したように頷いた。

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「すみません…こちらがお渡ししたかったメモリです」

先日のあのシャープなデキる男の姿は何処へやら、スーツは着崩れ髪は乱れ、眼鏡は家に忘れてきたらしい。今日の靴はクロックスだ。それはそれで尖ってて今時だよね。佐久間のフォローは今ひとつ着地点が分からない。

「僕、うんと年上の方が…その…大好き、で」

大きな身体を丸め、両手で顔を覆った雲母は、堰を切ったように性癖を暴露し始めた。あの画像は秘蔵のコレクションで、決して盗撮の類いではないだの、最近狙ってた紳士にこっぴどく振られただの、白髪の男性見ただけで興奮して仕事が手に付かない、等々。

(…少し…変態入ってるな)

(ヘンタイだな)

この手のフェイスは、ほぼ「HENTAI」で占められているのだろうか。佐久間は恋人の喜多村と雲母を見比べてぼんやりと思った。一方喜多村は、勝手にライバルだと思っていた相手が自分に通じるランクのヘンタイで、十中八九ネコちゃんだろう。自分とは決して同じ土俵に立つことのない相手だと理解した。俺みたいな顔は、よほどの事が起こっても寝返ることはないのだ。
粗方自己申告を済ませた雲母税理士は、大きく深呼吸してソファーに身体を預けた。少し窶れて影を纏ったその姿は本当に美しかった。まるで終わりを悟った太古の賢人のようだ。白髪フェチのことさえなければ。
その時、雲母の腹がくぅ、と鳴る。

「ハルさんさ、お腹すいてるんじゃない?」

「…急いでて食べるの忘れてた…」

「俺なにかつくりますよ、ハルちゃん」

絶望の色に染まっていた雲母の目に光が戻る。目の前のこの二人からは、自分の性癖に対する蔑みも、嘲笑も何ひとつ感じられない。ちっさい声でヘンタイ言うのは聞こえたけど。今までほとんど友人もなく、誰にも受け入れられたことの無かった自分が、心の中でただ二人の存在を喜んでいた。

「ありがとう…いただきます。あと今回の僕の失礼な点、初回割引で半額にさせてください」

ありがとうハルちゃんはいいヘンタイだな!雲母に面差しの似ている、キャラ被りしている喜多村が、自分の事を棚に上げるその様子を、心底可笑しそうに佐久間は見つめるのだった。




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