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smashing! ひとをおもうそのこころ

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。彼らの友人、小越優羽と結城卓。彼らは同性で恋人同士。

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ひとりになるのが苦手なくせに
ひとりになりたがるとこがある

大抵の行き先はわかってるから、猫たちにおやつをあげて、戸締りして財布とケータイだけ持ってふらっと出る。昨日まで大きな庭園をチームで仕上げてようやく完成したから、ずっと気分がいい。仕事がうまく回ったことが、植えた植物からストレスの気配が消えるのが嬉しい。

商店街は遅めのランチタイムでもけっこうな人出。卓お気に入りのイタリアンのお店は、ピザがとても美味しいから店の前によく人が列になってたりするけど、今日は珍しくガランとしている。ふと店の中を覗くと、店長さんと卓が隅っこの方で話し込んでいる。あれ?今日休みって書いてあるよな?通りに面した扉をコツコツ軽く叩くと、気づいた卓が満面の笑みで小走りでやってくる。

「ジョゼッペがさ、ピザ失敗して今日休むんだって!」
「どしたんですかピザ失敗したって」
「失敗したいうより発注をね、間違えてまって…」

チーズでのうて粉ばっか無駄にストック増えて。流暢な日本語(…弁?)を繰る金髪碧眼。なんかパリコレの人?みたいな外見のシェフ・ジョゼッペは、純国産100%のイタリアーノ。よって伊語は全く話せない。

「粉の名称がややこしんだわ」
「ややこしんですか」
「まーややこしいでかんわ。粉なんかチーズなんかはっきりせえ言う感じや」

言うほど気にしていない様子のジョゼッペ。せっかく来たんだしスグルとユーワくんボクとご飯食べてって?はーい!俺プロセッコ呑みたいー!早速我が儘言い放題の卓。ジョゼッペは笑いながら俺と卓を店の奥に案内する。

「ごめんね優羽、ちょっと話し込んじゃってさ」
「ううん。卓ここにいるだろうって思ってたから」

横並びのベンチ席に並べられたプロセッコとグラス。卓が俺にぴったりくっついて手酌でワインを注ぐ。距離感バグッてるのは伊達さんだけじゃなくてここにもいたな。卓はいつもフラッと出かけては、俺が迎えに来たりするとこうやって、隙間なくくっつきたがる癖がある。厨房から皿をたくさん持ったジョゼッペがやってきて、俺と卓を見て嬉しそうにしている。

「粉ならいっぱいあるからね、ニョッキとゼッポリーニにした。卓好きだよね?」
「海苔のやつ!すごいね速攻作ったの?」
「俺もニョッキ大好きです」

スグルとユーワのためデスカラ〜。謎の外国人の擬態完璧だね。ジョゼッペは残り少ないプロセッコワインのボトルをそっと卓から受け取ると、卓のグラスに残ったワインを注ぐ。

「ボトルの最後の一杯を他の人に注いでもらうとね、幸せがやってくる」
「…そうなんだ」
「そ。スグルとユーワの幸せを願います。Spero la tua felicita'」

ひとりでいる時間を大事にできる人は、相手のことも大事にできちゃうのよ。その言葉に俺は心の中を見透かされたみたいでちょっとだけ驚いたけど、ジョゼッペの凪いだ瞳を見た時、この人の姿を借りて「何か」が教えてくれたのかな、そんな風に思った。

「ちょっと俺嬉しい♡…女子みたいだけどね」


微発泡のワインに酔ったみたいに、卓が俺にもたれ掛かって、照れ臭そうに笑った。





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