見出し画像

smashing! そこはノーカンでな おれ

朝は8時過ぎに店を開け、大抵は夕方7時頃には閉める。喫茶メケメケのマスター、岸志田七星。前マスターは岸志田の叔父。彼もまた無類のコーヒー好きで、この商店街の面々が足繁く通っていたものだ。

コーヒーにも新豆・ニュークロップの時期がある。生産国によりばらつきはあるが、喫茶メケメケの常連はそれをなんとなく知っていて、この時期に入ってくる若く強い風味のコーヒーを飲みにやってくる。

この間エチオピアのいいのが入った。岸志田は数日前から合わせていた「佐久間院長謹製ブレンド」を漸く完成させ、早速佐久間に連絡を入れた。だが数日経ってもなかなかやってこない彼を心配し、昼休憩中の病院までポットにコーヒー入れて持ってってみることに。

おそらく院長忙しい…あいつも忙しい…ほぼ軟禁…そんで拘束目隠し…院長そのまま悪戯されて…一歩も出られなくて…そんで……!…!

佐久間イヌネコ病院2階、住居部分の玄関が騒がしい。最近なんで全員ワンノックオープンなんだ。院長!院長!覚えのある叫びに喜多村が出ると、そこには上下薄手のジャージだが黒一色、黒のラフィアハットを被った顔面蒼白の岸志田が立っていた。

「院長…売られちゃう?」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ナナセくんごめん。だってこんな傷だらけだし…」

訳あって自販機に顔からぶつかり盛大に鼻血まで出し、数日ちょっと安静にしとけと、診てくれた喜多村に言われたのだという。本日の岸志田の妄想、どうやら佐久間が拉致監禁のうえ悪名高い中華都市の雑伎団へ売買されるあたりまでのアクションストーリー仕立て。何垣間見ちゃってんですか。

「…院長さ、どうやったらそんな多重事故に巻き込まれんの」

恐らく転び掛けて、自販機正面のデコボコに顔からイッたんだろうな。可愛い顔にあちこち絆創膏。そんでさっきから喜多村は全く目を合わせようとしない。岸志田はなんとなく察した。

「…あっ、ウミノ湯の真弓さんがなんか言ってたやつ?」

二人は弾かれたように反応する。わっかりやすい反応だなおい。やっぱそうか。あのマミたまがウチの喫茶店で数日前「アオカンしかけて足滑らして転んだバカップル、夜中に回収に行ったんだよ俺」とか大笑いしてた、あれか。ていうかアオカンてあんたら。

「知ってんなら話は早い。鬼丸と路地裏でこっそり目眩いてたら下駄が滑って倒れ掛けて。鬼丸は俺を庇って顔からイッたの」
「なにが目眩くんだよ」
「あーもうチソチソ勃ったら頭ん中お花畑になんだよ!」

喜多村は比喩が直接的だが言わんとすることはわかる。なるほどお花畑か。覚えた。岸志田はぶつぶつと呟く。

「…あ、忘れてた。マグカップ貸して。コーヒー持ってきたから」
「聞けよチソチソの話」
「俺が興味あるのは院長のほう」

岸志田は持参したステンレスポットを取り出す。マグカップに注がれるそのコーヒーは、いつものブレンドよりも香りが強く、そして華やか。佐久間は強い香りに驚きつつも蕩けるような笑顔で岸志田に笑いかけた。…あコレね、確かに眩いた今。

「…美味しい。ナナセくんこれが新豆っていうやつ?」
「詳しいね院長。そうニュークロップ。貴重だから持ってきた」
「なにそれ岸志田?新茶みたいなやつ?」(スルー)

鬼丸う俺腹減ったよ。喜多村が情けない声を出す。すると佐久間が笑いながら言った。

「これ飲んだらご飯にしよ。ナナセくんも食べてってよ」
「お前毎回昼時になると来るよなコーヒーも持参するよなほんとありがとう」
「いいけど。院長に持ってきたんだし」

院長の顔傷だらけなのに喜多村くんが無傷とかありえないし。自分の顔面犠牲にしてまで。かえって絆創膏可愛いな院長。それにしてもアオカンはないだろ、商店街てか住宅街やぞ。憎まれ口を叩く岸志田はそれでも、護られる側だと思っていた佐久間の侠気、咄嗟に佐久間自ら身体張って護る存在でもある喜多村。

院長かっこいいな。アオカンてのは頂けないけど。


その喜多村に対して、悔しいながらも岸志田の中に沸々と、興味が湧いてくるのだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?