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SS/おもいでのおれ③ →結城卓

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僕は中三の時、事故で家族を亡くし「雲母春己」ただ一人になった。この世に舞い戻ったとは言え無傷では済まなかったから、それから数年は病院とリハビリの毎日。それでも治療だけに専念できたのは外でもない。父の旧友だった弁護士・白河夏己先生が僕の後見人になって下さったからだ。

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「ハールぅー…」
「駄目ですよ。間食は日に一度だけです。僕が叱られてしまいますから」

白河先生の弁護士事務所兼住居のマンション。高卒資格を取り大学を目指すことを決めてからは、ここで勉強しながら事務所の雑用もさせてもらっている。白河先生はとても素晴らしい教師で、先輩で、何でも話せる友人。けれでも僕の前では時折こんなふうに我が儘になる。
白河先生は僕と同じくらいの背で、亡き父と同い年。アッシュグレイの髪はリーゼント風にふわっと整えられ、ピンストライプのスーツを粋に着こなす。とてもお洒落の拘りが強くて、部屋のほとんどが先生のウォークインクローゼットと化している。
だってオレはこれから卓くんとカヌレ食べにいく約束したんだもん!先生の口調は時として僕にとってのデフォルマシオンですよ?(色々省略されちゃってる)

「白河せんせー!夏己せんせ−!………ナッチーーー!!!」
「はーい!」
「お待たせー!てかいい加減「ナッチ」以外でも返事しろよぉ」

先生の友人の結城卓さんが遊び…訪ねてきた。いつもより随分と事務所が賑やかになる。結城さんは小柄でさらさらの栗色の髪、目なんか何の細工もしていないのにくっきりばっさばさ(要するに睫毛ビシバシですね)最初、先生に彼を紹介されたとき、女性にするようにきちんと挨拶した。紳士的に。そしたら綺麗な顔くちゃくちゃにして大笑い。

「すげえ紳士!よろしくねハルちゃんっ」

低く掠れたハスキーボイス。彼は予想を色々裏切ってくれて実に興味深い。今日も可愛くてお洒落なオーバーサイズ系。さあ出掛けよう、と二人が腕を組んだ瞬間、白河先生の携帯が空しく響く。先生は僕の顔をチラ見。仏頂面の僕に、しゅんと項垂れて電話に出た。

「……卓くんごめん…仕事が入ってしまったよぅ」
「あら。しょうがないない。じゃ頑張ってよナッチ!そんかわり…」
「そんかわり?」
「この紳士、ちょっと俺に貸して!」
「えーーー…」

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全体的に暗雲を纏った先生を置いて、結城さんはかまわず僕の手を取り事務所を出た。ああ、今日の先生はどんな案件やっても勝つ日だ。絶好調だ。落ち込むと敏腕に「超」がつく厄介な実力派だから。落ち込まないとフルパワーがなかなか出ないのが難点だけど。

「結城さんは、先生が好きなんですか?」

二人で歩きながらカフェに向かう、歩道橋の途中。結城さんの大きな琥珀色の目が少しだけ真剣な表情に変わる。

「うーん、好きだけど、好きじゃない。彼氏じゃないよ?」
「ご友人という?」
「そう!色んな情報教えてくれるし、味方になってくれるし」
「お付き合いされたりは?」
「…ナッチ、ああ見えてハルちゃんが一番大事だからね」

自分を引き取ってからは全ての色恋を排除したという白河。オレは雲母からハルの身を預かったんだから、ちゃんとしてやんないと。そう言ってはいるけど、ナッチはストイックを謳歌してる。結構楽しそうだけどね。甘い物は我慢できないらしいけど。

「俺さ、こんど営業やってみようと思って」
「すごく、結城さんらしいですね」
「見てて。俺絶対テッペンとるから、さ」

どっちが早く一抜け出来るか競争しよ。不敵に笑う結城さんはふざけてなんかいなかった。それから数ヶ月後、彼は飛び込みで入った不動産会社に就職し、あっという間にあらゆる記録を塗り替えていった。同じくして僕は難関だった大学に合格出来、漸く先生の元を去ることになるのだが。

あの真摯な眼差し、挑戦的な笑み。今は営業職も辞め、素敵な彼氏の小越優羽くんとラブラブになって、僕の気の置けない友人になってくれた「卓くん」の、限られた者だけが知っている、野性味溢れるオンの表情。


今も僕の中で色褪せることはない。




雲母春己

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佐久間イヌネコ病院

春(己) 夏(己) (千)秋
そんで冬は誰だろうな…
脳内のヒトはまだ教えてくれない




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