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smashing! あびじごくとおれ


「千弦さんさ、僕のこと最初警戒してたでしょ」

「してた。鬼丸に色目使ったらその場で殺す思てた」

「わかるわー。僕ね初見ほんっと警戒されるんですよカップルさんに。こんな成りですからほとんどの方は僕をタチと思っておられる。だがしかし僕は生粋のネコなんですよ可愛い可愛いネコちゃんなの。わかる?千弦さん!僕はまごう事なき右側なんですよ人を見かけで判断したらダメゼッタイ!」(ノンブレス)


喜多村千弦と雲母春己。今日の二人の服装は申し合わせたように似通ったパーカーとジョガーパンツの組み合わせ。微妙にデザイン違ってるけどそんなもんほぼペアルックやん。この二人が黙って並んでいたら壮絶美しい被りキャラカプの出来上がり。しかしその会話の内容がおポンチすぎて、佐久間は今日も生温かい目で二人の美丈夫を眺めるのだった。ちなみに佐久間の格好もほぼ喜多村と同じ。三人ともほぼお揃い。

来月締め切りの、魔の確定申告。佐久間イヌネコ病院院長・佐久間鬼丸は簿記にてんで疎かった。その上どうやって誰に頼んだらいいのかも判断できずにいた。てか大ピンチだった。
かくて救世主は友人の結城卓から遣わされたのだった。その名は雲母春己・税理士。彼は持ち前の敏腕で佐久間イヌネコ病院の全ての会計処理をやってのけた。ただ何をどう油断したのか、自らの性癖である「白髪紳士萌え画像コレクション」入りUSBメモリを間違えて提出、皆に暴露してしまった経歴を持つ。
その後何度か交流するうち、佐久間鬼丸の恋人である喜多村千弦とキャラ被ってる者同士、佐久間達の家で仲良く酒盛りをするのがほぼ習慣となってしまった。

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「お前らほんと仲いいな」

今日は佐久間の「山ほどある焼酎の封開けちゃったやつ早めに呑もうセレクション」を皆で堪能し、喜多村シェフの作った粋な肴を楽しむ宴。カラスミのパスタとサバ缶のアクアパッツァ風。喜多村特製ぬか漬け。雲母の手土産いかなごのくぎ煮。そりゃ美味しいし楽しいけどなんか蚊帳の外的扱いを感じながらも、佐久間は呟いた。

「鬼丸はヤキモチやきさんだな~」

「いいな~ヤキモチ。僕もやきたいな~」

喜多村と雲母は顔を見合わせてケタケタ笑っている。似たようなご尊顔で同じようなこと言ってやがる。何本目空けてんだ。
確かに雲母がこっち側と知って以来、喜多村が彼を警戒する理由はなくなった。たださっきうっかり「千弦とハルさんは付き合いたいとか思ったりしないのか?」ってホントになんとなく、自然に。ウソちょっと盛ったけども。興味が先立ってしまっててさりげに聞いてしまったんだけど、

【【 そ れ は な い 】】

声デカ。お前らさそんなに息ピッタリとかほぼ付き合ってんじゃん。喜多村がヨタヨタと近寄ってきて佐久間の膝で泣き崩れる(フリ)。俺は鬼丸じゃないとたたないんだよーーーーって声デカ。吸ってぇーー吸ってぇーーじゃないのうるさいのお前。おいそっちで同じく泣き落とし掛けようして出遅れた奴!タブレット離せ!自分の性癖コレクションに逃避すんな!

「こないだのお客さんさぁー連絡くれないんだよねー」

キャバ嬢バン○シャみたいな展開になってきてる。大丈夫かハルさん。確か明日明後日と休みで予定が入ってないからって集まったんだけども。佐久間はパーカーの中に頭を突っ込もうとしてくるバカを床に転がし、つまみやら焼酎の補充やらを始めようとキッチンに向かった。

「鬼丸いないいいいいい」

「なんかぁあっちの方行ったよ鬼丸さん。おしっこじゃね?」

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「うわーサプライズ訪問てワクワクするねしょこタン!」

「シー…旦那様バレちゃいますお静かに…」

佐久間イヌネコ病院通用口。ていうか居住スペース玄関。そこにはタイミングを計ってスタンバイする喜多村千月と本橋翔古家政夫の二人がいた。先日息子である千弦が自分の怪我を心配し訪ねてくれたのはいいが、すぐに帰ってしまったため喜多村千月パパは実は物足りなかった。犬のリイコとお風呂に入ったり、千弦とお風呂に入ったりもしたかった。しょんぼりする旦那様の様子を見て、派遣家政夫の本橋翔古・しょこタンは考えた。ちょっとだけぼっちゃんのお宅にお伺いして、一緒にお風呂が無理ならお酒の一杯でも旦那様と楽しんで頂きたい、と。早々に二人に気付いたリイコは、小屋の中で喜多村パパに気付かれないよう気配を無にしているのだった。

「じゃ、押しますね旦那様」

ーガローンゴリーン…ー

「カウベル…予想を裏切る音…」

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「あれ?誰か来た?おーい千弦きゅーん」

喜多村はまだテーブルと床の間でもだもだしている。キッチンの方からは「ごめーんちょっと出てくれー」と叫ぶ佐久間の声。あ、はい僕ですよね承り。雲母はささっと髪を手櫛で整え眼鏡の位置を正すと、少し焦りながらも玄関へ向かい、ドアをーーー

「じゃーん!ちぃたんパパだよおーーー!」

開けるやいなや、背の高い初老の男性が雲母に力一杯抱きつき、あろうことか強烈なディープキスをお見舞いした。

「ン’’ーーーー!!ン’’ン’’ン’’ーーー!!………(し、ぐ)」

体感数時間だったが実際は数秒の惨事。すっかり腰砕けになって男性の腕の中でほぼ息絶えた雲母を見て、その男性は叫んだ。

「あれ!ちぃたんじゃない!誰?」

「旦那様…」

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「だってさわかんなかったんだもん…」

「似てるけど全然違うじゃんもーパパはぁー」

「あ、ちぃたん今日眼鏡なんだ?くらいしか…」

喜多村によく似た初老の男性を、喜多村本人がフラフラしながらもたしなめている。あ、お父さんだなあれ!ということはその隣のお付きの彼は、千弦の言ってた家政夫さんだろう。そしてソファーに横たわっているのは雲母。真っ赤な顔で宙を見つめている。あらぬ気配にキッチンから飛び出してきた佐久間は茫然とした。なんだこの地獄絵図。

「あの千弦…どした?」

「パ…父さんが、俺と間違えてハルちゃんにチューした」

佐久間は全て理解した。喜多村のお父さんは彼によく似た見目麗しい紳士アンドロマンスグレー。そんな超限定SSRに出会い頭にチューをくらった雲母は、年上白髪萌えの性癖を持つ。このシチュエーションは大好物の筈。

「…えっと、ごめんね雲母くん?君ハルちゃんていうんだね。よろしくハルちゃん。千弦のパパの千月です」

「…こちらこそ情けない醜態、申し訳ありませんでした。雲母春己と申します。税理士をしています」

雲母はソファーに座り直し、既に普段の(素面時の)クールフェイスに戻っていた。…なんだこの違和感。喜多村パパはハルさんのドストライクじゃないのか?こんな高スペックの理想型出てきたから混乱してるのか?舞い上がるどころかスン…てしてる。壊れちゃた?

「あのさ、ハルちゃん。俺のパパ…どう?」

まさかの無言。喜多村と佐久間は心底驚いた顔を見合わせた。これ以上を求めるとはもはやあれだ、雲母は紳士萌えの求道者だ。雲母は既に人知を越えた域まで紳士道を極めているといーー

「僕、自分と同じタイプは…全く…」

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喜多村千弦にハルちゃんセンサーが働かないのもそのせいだったのか。何だハルちゃんセンサーて。喜多村は横目で雲母のーーーを確認するも、全くの無反応だった。

「さっき真っ赤な顔でふうふう言ってたからさてっきり…」

「その、鬼丸さん僕、キ…スが、ものすごく久しぶりで」

「はぇ…」

「…気持ちよ、かったって、思って、その…」

しばしの沈黙。それを破ったのは気まずさに耐えられなかった喜多村パパと家政夫しょこタンコンビだった。

「お、鬼丸くん鬼丸くん初めまして!ちぃたんのパパでーす!」

「佐久間さんお噂はかねがね!私、本橋翔古。お気軽にしょこタン、とお呼び下さい」

「は!さ、佐久間と申します!ご挨拶が遅れまして!」

俺パパ+お手伝いさんと俺カレによるちょっとしたホームドラマが繰り広げられる中、喜多村は再度雲母のーーーを確認。雲母春己体温上昇。心拍数上昇。ハルちゃんセンサー誤作動。誤作動。微妙な興奮度をーーーに確認。
……了解。一旦帰還します。

とりあえず雲母がナルシストではないことがわかった。気になるのはこの誤作動。未だキスの余韻にトロ顔をして宙を仰ぐ雲母が「タイプじゃない」自分のパパに今後どう絡んでくるのか否かは、喜多村にも全然想像が付かないのだった。




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