見出し画像

【ショートショート】 メトロノーム(性格の違うふたりの男 1人目)

全く同じストーリーが2本、性格の違うふたりの男の1人目のお話。
どちらが好みか、♡で教えてもらえると嬉しい。


適度な暗さと湿気のある半地下の部屋、壁とタンスのすきまが私のねぐら。たまに男がやって来る以外、人はいないから自由に動き回ることもできる。なーに男が来たって問題ない。決まってあっちにくっつけてあるピアノを弾いて、また出て行く。その間、タンスの裏に隠れていればいいのだから。ここはなかなか居心地がいい。

はん、男がやって来た。私はいつものように壁とタンスのすきまに身をひそめた。しばらくすると、ピアノの音が鳴り始める。

カチ、カチ、カチ

んっ、何だあれは? いつもと違う、初めて聞く音が混じっている。私はしばらく聞き耳を立てた。時を刻むような音に追い立てられ、次第に焦りのようなイラつきが芽生えた。妙に気になる。怖いもの見たさも手伝って、音の正体を確かめることにした。

私はタンスのすきまから、触角を伸ばし様子をうかがった。行ける! 一気に壁伝いに這いだした。ダメだ、ここからでは何も見えない。私は羽根を広げ、向こうの壁まで飛ぶことにした。が、運悪く天井のライトにぶつかり、床に転がり落ちてしまった。

それと同時に、ピアノの音がピタッと止まる。しまった! と思ったときにはもう、男が私をにらんでいた。

「おい、オレの前に姿を見せるな」

 血の気が引き、殺されるかもしれないと思うと、私は一寸たりとも動けなくなった。

「人間にとってゴキブリは害虫だ。見つければ駆除しなくちゃいけない。だがおまえにだって一分の魂がある。オレのいないところで動き回るのは百歩譲って許す」

男の口調がだんだん激しくなっていく。

「いや本当は、おまえを見たくもないし屍に触りたくもないんだ。いいか、次はないぞ。さっさとどこかへ行ってくれ!」

私は急いでタンスの裏に逃げ込んだ。助かった。もうバカなことを考えるのはよそう。

それから、なぜか男はやってこなかった。私はまた快適な時間を取り戻した。あの音は何だったんだと思うこともあるが、その度に頭の中から消そうとした。

その日はたまたまピアノの下にいて、そんなときに限って男がやって来た。私はとっさにピアノの背に隠れた。

男がピアノを弾きだすと、身体がビリビリと振動した。音が止んでホッとしたのもつかの間、今度はあのカチカチという音が鳴り、男はそれに合わせるようにピアノを弾き始めた。たまったもんじゃない。私は、ピアノの背から落ちないようにするのがやっとだった。耳障りで落ち着かず、カチカチと乾いた音が身体を突き刺す。

私は、いつの間にか全身が音に支配されていることに気付いていなかった。忘れようと押さえ込んでいた扉が一気に開き、触角が音を探す。しがみつくのさえやっとなのに、私はピアノの背をよじ登りカチカチと鳴る方に近づいていった。

バシッ!

全身に衝撃が走り、ピアノの上から吹っ飛んで床に落ちる間に男が見えた。筒状に巻いた紙を握りしめ、仁王立ちしている。


カチ、カチ、カチ、カチ

私はしばらく気を失っていたらしい。また音が聞こえる。視線の先には、ぼんやりと天井のライトが見えた。私は無防備に腹を上に向けている。

カチ、カチ、カチ、カチ

そのとき、男が握っていた筒状の紙がゆっくりと迫って来た。待て、待て。しかしダメージをくらった身体では、どんなに力をふり絞ってもムダに足が動くだけだった。

カチ、カチ、カチ、カチ

もう、音の正体などどうでもいい。身をゆだねてしまえば、不思議と焦りもイラつきもなくなった。むしろ心地よく聞こえ、私は流れてくる音の上を這うように、自由に動き回っていた。

カチ、カチ、カチ、カチ

カチ、カチ、 カチ、 カチ

ああ、この音は私に残された時間なのか。

カチ、 カ、 チ、 カ……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?