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【児童文学】どんぶりこがやってきた③

3.どんぶりこ、いすわる
 
「おい、坊主。おまえ、いつまでいるんだ? ジュース飲んだら気がすんだだろ」
「坊主? わしのことか?」
「他にいないだろ」
「わしには、曇天鰤太古(どんてんぶりたいこ)という立派な名前がある。ひとよんで『どんぶりこ』じゃ。最初に名のったであろう」
「うそだ、聞いてないよ」
「『どんぶりこー、誰かおるかのう』と言うた」
 そんなのわかるわけない。
「そういうおまえは誰じゃ」
「ひかるだよ。ここは、ぼくのおばさんの家」
 何で自己紹介してるんだ。あぶないあぶない、のせられるところだった。
「そうじゃなくて、どんぶりこはいつまでここにいるんだよ?」
「帰ってほしいのか?」
「あたり前だ」
「母親といるより、わしといた方が楽しいぞ」
 こいつ、知らん顔して、しっかり電話の話を聞いてるじゃん。
「どんぶりこには関係ないだろ。ぼくは、一週間自由なんだ。かあさんに来てもらうつもりなんかないよ」
「ほ、ほう」
 しまった。よけいなことを言ってしまった。
「それよりひかる、きのう、黒い種をひろわなかったか?」
「黒い種? そんなものひろってないよ」
「カラスが、ひかるの頭の上に落としたであろう」
「あ、あれか。めちゃ痛かったやつだ。でも、そのあとさがしたけど何もなかったよ」
「あやしいのう」
「あやしいのはそっちだろ。だいたいなんでぼくの頭の上に種が落ちたこと、知ってるんだよ。どんぶりこって、カラスの仲間なのか?」
「悪さばかりするカラスと、仲間のわけなかろう。あのカラスは黒天女の手下での、山寺の秘密兵器、カメラつき鳥型ロボットでついせきしておったのじゃ」
「黒天女? 何だそれ? しかも、山寺にそんな秘密兵器があるのか」
 ってことは、空の上から見てたのか。
「ひかる、早く種をださんか」
「本当に知らないんだよ。たかが種だろ、そんなに大事なのか?」
「たかがとは何じゃ。あれは山寺に代々受けつがれた秘宝、願いがかなう実のなる種なのだぞ。その実を食べた者は、願いがかなうのじゃ。だが、きのうカラスに盗まれてしまったのじゃ」
「願いがかなうだって?」
 その実を食べたら、ツーピースのフィギアをコンプリートできるじゃないか。きのう、もっと本気でさがせばよかった。
「種を落としたあたりは、くまなくさがしたが見つからんかった」
「そうか、もうさがしたのか。じゃあどこにあるんだ? うーん……わからない」
「はあ、こまったのう。寺で種を守っておったわしは、このまま帰るわけにもいかず、飲まず食わずで行きだおれになってしまうのかのう。ひかる、見つかるまで、あわれな年よりをここにおいてくれんかのう」
 種も気になるし、みじめオーラ全開でしゃべるどんぶりこが、ちょっとだけかわいそうになった。
「あ、ああ、いいよ」
「そうか、おいてくれるか。そうと決まれば、わしの部屋はどこにしようかの」
「おい」
 あっという間に、元気になったじゃないか。だまされた。どんぶりこが、トイレ、脱衣所、風呂場のドアをかたっぱしから開けていく。
「お、これいいのう」
 どんぶりこは、脱衣所にあったぼくのパーカーを見つけると、筒みたいな袖をむりやりおしこんで、着物の上から着た。
「おい、それぼくのだぞ」
聞こえてないのか、どんぶりこに無視された。それからどんぶりこは、納戸の中をぐるりと見わたしたあと、むかい側のハワイアンな和室のふすまを開けた。籐の家具でそろえられ、ハンモックやヤシの木まである。
「ほう、こりゃなかなかモダンなたたずまいじゃ」
「そうかなあ?」
 どんぶりこは、ヤシの木をさわってみたり、ハンモックにねころがったりしている。やっと気がすんだのか、奥のふすまを開けて、客間のたたみの上にごろんと横になった。
「ここにする」
「何が?」
「わしの部屋じゃ」
 勝手にしろって思ったら、お腹がグーとなった。どんぶりこのせいで、昼ごはんのこと忘れてた。てか、晩ごはんは? あしたのごはんは? あさっては? やべえ、考えてなかった。ひとりじゃ何も作れないぞ。一週間どうするんだ、ひかる。
「腹がへったとみえるな。わしが何か作ってやろう」
 どんぶりこは、台所にあるものを勝手に使って、勝手に料理をはじめた。ぼくは、何をされてもおどろかなくなった自分がこわい。
 しばらくすると、うまそうなにおいがしてきた。どんぶりこは、意外と料理のてぎわがよくて、あっという間にごはんとみそ汁、ブリ大根ができてきた。
「うまそう」
「山寺秘伝のだしを使ったブリ大根じゃ。かんづめじゃがの」
「かんづめかよ。でも正直、助かった」
 ブリ大根は本当にうまくて、ガツガツ食べたら急におなかが痛くなった。ぼくはトイレにかけこみ、便座にすわってふと思った。一週間、どんぶりこにごはんを作ってもらえばいいんだ。これで、ごはん問題は解決する。


つづく

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