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【児童文学】どんぶりこがやってきた⑦

7.黒天女のこうげき
 
「ワンワン! ワンワン!」
 ひめが、庭の方ではげしくほえている。
「テンションマックスじゃん。あいつ、かっこよくなったのがよほどうれしいんだなあ」
「いやちがう。ひかる、来るのじゃ」
 どんぶりこが、急いで庭にむかった。どうしたっていうんだ。
 外にでると、ひめが屋根にむかってほえていた。屋根にずらっとならんだカラスが、声も立てずにじっとこっちを見おろしている。
「いつの間に、あんなにたくさん」
 ぶきみとしか言いようがない。こいつら、いったい何しに来たんだ。やばい気がする。 
 カアー
 一羽のカラスがないたのをあいずに、いっせいにとび立ち、家の上空がカラスでうめつくされた。まっ黒になったそのあいだから、黒い衣を着た女が屋根の上に舞いおりた。両腕に細長い黒い布をからめ、あやつっている。で、でた。こいつが秘宝の種をねらっている黒天女か。思っていたより、おばさんだった。
「やっと見つけたぞ、どんぶりこ。早く種をわたすのだ」
「何のことじゃ。わしは種など持っておらん」
「うそをついてもむだだ。ここにあることはわかっている。すなおにださないと、痛い目にあうぞ」
「知らんものは知らん」
「ほほう。そこのこぞう、願いのかなう実のなる種を知っているであろう」
 こっちに聞く? 願いのかなう実のなる種ってややこしい。きっと、ひめがのみこんだ黄金の実のことだ。どんぶりこ、だまってないで何か言ってくれ。いきなり聞かれたぼくは、心の準備ができなくて目をそらしてしまった。
「し、知らないよ」
「わかりやすいやつだな。まあよい。こぞうよく聞け。おまえは、こいつがどこの誰だか知っているのか? どんぶりこはな、われらの種を盗んだ悪いやつなのだ。おまえは利用されているのだ」
 どんぶりこが悪いやつだって? そんなはずはないって思いたいけど、どんぶりこが山寺の坊主だってしょうこも、どこにもなかった。ガチャマシンだって、いつのまにか手伝わされていただけだ。
「ふふ、何も知らないようだな」
「だまされるな、ひかる! 女子高生の話で一緒にもりあがったのを忘れたのか」
 たしかにあの時は楽しかった。でも、黒天女の言うことも、ちがうとは言いきれないじゃないか。むきになっているどんぶりこも、あやしい。
「どんぶりこ、ぼくをだましていたのか?」
 ぼくはもう、何を信じればいいのかわからなくなった。
「ふふふ。かくごしろ、どんぶりこ!」
 黒天女は、布を羽根のようにゆらし、風を起こした。
「くらえ! じんわりメタボ光線!」
 黒天女は腕をのばし、指の先から黄色い光線をだした。どんぶりこはひょいとよけたが、地面に穴が開いた。わあ、何だ今の? 
「しかえしじゃ。ましまし小じわ光線!」
 どんぶりこが両手を十字にクロスさせ、青い光線をだすと、黒天女の手にあたった。
「うっ、よくも」
 黒天女の手が、みるみるしわだらけになっていく。どんぶりこ、すげー。こんな技も持っていたのか。
 黒天女が、すぐにはんげきにでた。
「ルーツつるはげ光線!」
 どんぶりこが、サッと一歩さがる。頭をねらわれた光線が足にあたり、すね毛がなくなった。
「はっはっはっ、脱毛になってちょうどよいわ」
「負けおしみを言うんじゃないよ。ならば、これでどうだ」
 黒天女はふたたび光線をはなった。
「いにしえの低反発光線!」
 黄色い光線が、しゅんかんに広がる。どんぶりこをゆっくりおしつけながら、地面が大きくくぼみ、そのままゆっくりともどった。あっぶねー、ぼくもつぶされるところだった。
「くそっ、これでどうじゃ。きっとずっとポンコツ光線!」
 はなて、どんぶりこ! だけど、ポンコツすぎて屋根の上の黒天女にまったくとどかない。これって、一生勝負がつかないんじゃないか?
 その時一羽のカラスが黒天女のそばにとまり、耳うちするようにないた。
「なるほど、種はあの犬の体の中にあるんだね。おまえたち、あの犬ごといただくよ」
 カアー カアー
 カラスがいっせいにさわぎだした。
「どうしてわかったんだ。そんなことはさせないぞ」
「においじゃ。ひめから特別な香りがしておろう。それをカラスがかぎわけたのじゃ。まずいぞ、ひめ、こっちに来るのじゃ」
 どんぶりこが、ひめを連れて玄関に入った。
「えっ? 待って」
 玄関の前に、ぼくひとり取り残された。ちょっとでも目をはなしたら、カラスたちがおそいかかってきそうで動けない。全身から冷や汗がふきでてきた。どんぶりこ、何やってんだ。早く!
しばらくすると、どんぶりこだけがでてきた。愛ちゃんの香水のにおいがぷんぷんしている。
「おそいよ。てか、そのかっこうは何なんだ」
「ひめになりすまして、あいつをやっつけるのじゃ」
 体はサラサラの長い毛がはえているが、顔はどう見てもどんぶりこだ。
「そんなのでだませるのか?」
「わからん、やるしかない。ひかるはひめを連れてにげるのじゃ」
 どんぶりこは、ひめのふりをして庭にかけだした。
 カラスが、次々にどんぶりこにおそいかかろうとした。ところが、くちばしでつつこうとして、やめてしまうのだ。香水がきつすぎて、よってしまうらしい。中にはフラフラになって、気をうしなうカラスもいた。
「おまえたち、何をやっているんだ」
 どんぶりこの前に、イラついた黒天女が、屋根の上から舞いおりて来た。
「何? どんぶりこか! 何だそのへたくそな変そうは。それで私がだまされると思ったのか」
「あっはっはっ、何とでも言うがよい。ひめはもう、ひかるが連れてにげたあとじゃ。あっはっは」
 いやいや、ぼくはまだ玄関の脇にかくれている。ひめと一緒にずっと見ていた。にげだすタイミングをのがしてしまったのだ。
「それはどうかな」
 あっという間に、黒天女に見つかった。
 ひめとぼくは、カラスたちにかこまれ、じわじわと、かべきわにおいつめられた。
「ウーー」
 ひめが低くうなり、きんちょうがつづく。ねらわれているのはぼくじゃない、ひめだった。ビビってる場合じゃないぞ。ぼくは、がんばってひめの前に立った。
「犬をこっちにわたすのだ」
「わたすもんか。ひめはぼくが守る」
「こざかしい」
 ぼくは、あっという間に黒天女があやつる布にはねとばされ、布はそのままシュルシュルと、ひめの体にまきついた。
「負けるものか」
 ぼくが、ひめにまきついた布をはがそうとすると、からまってよけいにひめの体をしめつけた。
「そんなことをしてもむだだ」
「オーン」
 苦しそうにしているひめを見ていられない。やけくそだ。ぼくは夢中で黒天女にしがみついた。
「はなすものか!」
 このあとどうする? そうだ、いちかばちか、ぼくは黒天女のわき腹を全力でくすぐった。黒天女は体をくねくね動かし、笑いながらぼくをにらみつけている。強くまきついた布の先がゆるみ、ゆらゆらゆれてほどけそうになった。意外ときいた。もう少しだ。
 でもその時ぼくは、すぐ上にいるカラスに気がつかなかった。ふいに頭をつかまれ、思いっきりふりとばされた。
「ふざけたことをするんじゃないよ。二度と手だしできないように、よぼよぼにしてくれる」
 本気で黒天女を怒らせてしまった。黒天女は目をつりあげ、腕を高くまわしながら、細長い布を大きくふりあげた。
「これでもくらえ! 予約殺到ヨボヨボ光線!」
 黒天女の指の先から、怒りの光線がはなたれた。
ああ、もうおしまいだ。
 その時だった。どんぶりこがぼくの目の前に立ち、黒天女のこうげきをふせいだのだ。
 両腕を胸の前でクロスさせ、青い光で黒天女の光線を一点に受けた。黒天女のはなった黄色い光線はしだいに赤みをおび、どんどんパワーアップしていく。ぼくは、たおれそうなどんぶりこを、うしろからささえた。
「負けるなどんぶりこ!」
 黒天女の光線は、とうとう燃えるような赤い色に変わり、ぼくたちをかこむように広がった。すごい力だ、このままではやられてしまう。どうすればいいんだ。……そうだ、ぼくは、どんぶりこの耳もとでさけんだ。
「女子高生が見ているぞ!」
 そのしゅんかん、どんぶりこがありったけの力をふりしぼり、ふるえる腕を前におしだしてさけんだ。
「リバース!」
「ぎゃあーーー!」
 光線がはねかえり、黒天女に命中した。体がみるみるちぢんでいく。黒天女は、ただのよぼよぼのカラスに姿を変えた。
「これが黒天女の正体なのか」
 とんでもなく偉大なクソ光線だった。
「もう悪さもできぬであろう。さあ行け」
 どんぶりこがそういうと、カラスになった黒天女は、仲間のカラスたちのあとについて、どこかへとんで行った。


つづく

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