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【児童文学】どんぶりこがやってきた⑥

6.特別な実
 
 あしたは、愛ちゃんが帰ってくる日。ぼくは、どんぶりことすっかりなかよくなっていた。
 どんぶりこが床の間で、小銭を入れたつぼの中をのぞいていた。そんなの見るとやっぱり気になる。
「なあどんぶりこ、その小銭どうするのか、ぼちぼち教えてくれよ」
「よかろう、教えてやろう。小銭もこれだけあればじゅうぶんじゃ。この小銭はな、願いがかなう実を作る時の肥料にするのじゃ。ひかる、こっちに来るのじゃ」
 どんぶりこはろうかに行き、カプセルを落としたふし穴のまわりの板をはずした。
「何するんだ?」
 ぼくは、床下を見てかたまった。カプセルが土の中にめりこみ、そこからうじゃうじゃとツルが生えている。からみ合ったツルは、地面をはって、ハワイアンな和室の方にむかってのびていた。ふし穴からのぞいただけでは暗くて見えなかったけど、こすれ合うツルがミシミシと動き、ぶきみすぎて背中がゾクッとした。ひめはこわがって、近よろうともしない。
「ひかる、床の間からつぼを持って来てくれ」
 たれさがったまゆ毛がつりあがり、こんなしんけんな顔をしたどんぶりこを、はじめて見た。ぼくは言われるままに小銭の入った重いつぼをかかえ、どんぶりこのそばにおいた。
 どんぶりこは、つぼをだくようにして横にたおした。土にうまったカプセルの上に小銭をジャラジャラ落とすと、床下におりて土の中にうめはじめた。うわあ、せっかく苦労してためたのにもったいない。どんぶりこは、カプセルからいっしゅんも、目をはなそうとしなかった。
 すると、土の中のカプセルがだんだん光りはじめ、その光がツルの中を走って行った。
「今じゃ」
 どんぶりこは、急いでハワイアンな和室に行き、ヤシの木の前で身がまえた。
 一つのカプセルが、光をおびてふくらんでいく。ひとまわり大きくなったカプセルの中で、黄金の光がゆらめいていた。
「もうよかろう」
 どんぶりこが、黄金に光るカプセルを開けると、まぶしくて目がくらみそうになった。
「これが願いのかなう実じゃ」
「す、すごい!」
 黄金にかがやくまんまるい実は、特上天丼レベルだ。いや、神と言ってもいい。ひきよせられたぼくは、思わず手をのばしていた。
「だめじゃ」
「ちょっとくらいいいじゃないか」
「だめなものはだめなんじゃ」
 どんぶりこが、カプセルを背中のうしろにかくした。
「ケチ! ぼくだってどんガチャを売るの、手伝ったんだぞ。ひとりじめなんてずるいよ」
 だめって言われると、ますますほしくなる。
「それを食べると願いがかなうんだろ? ツーピースのフィギアをコンプリートしたいんだ。ぼくにくれよ」
「ひかる、落ち着け。それはできんのじゃ。願いごとは一大事の時だけ、かなえてよいことになっておる。それまでは使えんのじゃ」
「うそだ、ぼくにわたしたくないだけだろ?」
「本当のことじゃ。それにの、願いがかなったあと、新しい秘宝の種を取りださねばならんのじゃ」
 ひめがこうふんして、さっきから遠ぼえをしている。ぼくも一緒に遠ぼえをしたい気分だ。ぼくがどんぶりこの腕をつかもうとしたら、ひょいっとかわされ、逆にどんぶりこにだきついてしまった。ラッキー。でもなかった。黄金の実がすっとんだ。
「ウォーン」
 ひめが上をむいて、大口を開けているところに、黄金の実がすっぽりとはまった。
「あーーー」
 どんぶりことぼくは、同時にさけんでいた。
「ひめ、だせ! はきだすのじゃ」
 どんぶりこは、ひめの肩をおさえてグイグイゆすったけど、それがよくなかった。ひめののどがごっくんと動いて、飲みこんでしまった。
「あーあ、どうするんだよ」
 すると、ひめの体がぶるぶるふるえだし、顔が変形して、短い毛がどんどんのびていく。まるでおおかみ男じゃないか。
「ひ、ひめ。だいじょうぶか?」
「こうなったらしかたない。しばらく見ておれ」
 どんぶりこは、やけに落ち着いていた。ひめはどうなってしまうんだ。
 背中の毛が、たたみにとどくほどのびると、体のふるえがとまった。ひめは、サラサラの長い毛をゆらしながら、映画のシーンのように、ゆっくりとぼくの方に顔をむけた。小さくてシュッとした細長い顔、長いまつ毛に大きい瞳が何とも美しい。
「かっこいい」
 思わず口にしていた。しかも動くたびに、この世のものとは思えない、いい香りがする。
「おまえ、本当にひめなのか?」
「そうじゃ、ひめじゃ。ひめはな、はじめてひかるを見た時、一目ぼれしたそうじゃ。だからひかるの理想の姿になって、もっと愛されたいと思っておるのじゃ。けなげじゃのう」
 どんぶりこはいつの間に、ひめとそんな話をしたんだ。ぼくは、かっこいいひめをまじまじと見ながら、ひめに不細工だって言ったことを思いだした。
「そうだったのか。ひめ、ごめんよ」
「ひめはの、たまたまじゃが、願いのかなう実を食べたからの、願っていたことがかなったのじゃ」
「ひめって本当にいいやつだなあ」
「ああ、悪いやつにうばわれては大変だからの」
「悪いやつって、ぼくのこと?」
「そうは言っとらん」
「言ったようなもんだろ」
「ひかるの百倍悪いやつのことじゃ」
「ほら、少しは悪いやつって思ってるじゃん」
 ぼくたちが言いあらそっているあいだに、ひめがいなくなっていた。


つづく

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