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【2000字のホラー】通りゃんせ

 学友のりんさんと旅に出かけた時のことでございます。宿でのんびりしておりますと、観光案内を見ていた凛さんが目を輝かせました。
「ねえ七緒なお、夕食まで時間あるし、天神様に行ってみない?」
 最近御朱印を集め始めた凛さんは、時間があれば天神様などを巡っております。
 私はいつものように、鈴のついたポシェットを肩に掛けました。「この鈴をいつも持っているのですよ。出かけるときは決して忘れてはなりませぬ」と、おばあ様から頂いた大切な鈴なのでございます。
「えっと、こっち」
 凛さんは、早速スマートフォンで道案内を始めました。
 しばらく歩いておりますと、急坂を登る細い道に入ってまいりました。辺りは木々が生い茂り、ぽつんぽつんと古い家がございますが、どなたも住んでいらっしゃらないようです。道を間違ったかしら? と、凛さんのスマートフォンをのぞき込んだりいたしました。
「えっと、わらべ通りであってるよね」
 凛さんも心配になったようでございます。
 坂を登りきると、道の両脇に墓地が見えてまいりました。
「やだあ、地図には墓地なんてないのに」
 凛さんが私にしがみついてきた時のことでございます。
ここはどこの細道じゃ
「凛さん、何かおっしゃいましたか?」
「ううん、どうして?」
「何か聞こえたような気がしたものですから」
「やめてよ。怖いんだから」
「ごめんなさい。ですがほら、あの先まで行けばたくさん家が並んでいますよ」
 その時、脇道に人影が見えました。お母様と三歳位の女の子でしょうか、何か話をしながら私たちの方へ歩いていらっしゃいました。きっと地元の方なのでしょう、宿を出て初めて出会う方たちの姿にホッとしたのでございます。
行きはよいよい帰りは恐い
 すれ違いざまに、歌声が聞こえました。
「わらべ歌を歌いながら、微笑ましい親子でしたね」
「えっ? 私には何も聞こえなかったけど」
 凛さんは怪訝な顔をしています。気のせいだったのでしょうか? 振り返りますと、親子の姿はもうどこにも見えなくなっておりました。
 人家の先を曲がり、参道を抜けて天神様でお参りを済ませますと、凛さんが一直線に授与所に向かいました。もちろん、御朱印を頂くためでございます。
 凛さんが御朱印を書いて頂いている間、私は何気なく木箱に並んだお守りに目をうつしたのでございます。するとその中に、見覚えのあるお守りがございました。もしやと思った私は、ポシェットからお守りを取り出したのでございます。
「あっ、このお守りと一緒!」
 凛さんは木箱にあるお守りと、私が持っているお守りを交互に見比べています。
「七緒、ここに来たことあるの?」
「いいえ、初めてです。これは私が七つの時、七五三のお祝いに頂いたものなのです。ここのお守りだったのですね」
「すっごい偶然! 私たちここの天神様に呼ばれたんだよ」
「そうなのでしょうか?」
「うん、絶対そうだよ」
 これもご縁と思った私は、お守りをお返しすることにいたしました。
 その時、突然私の携帯電話が鳴ったのでございます。
「もしもし」
 ところが、ザーザーという雑音だけが聞こえておりました。
「もしもし」
お札を納めに参ります
今度ははっきりと、そう聞こえたのでございます。私は、思わず鈴のついたポシェットを握りしめておりました。
「大丈夫? 七緒」
「え、ええ。お待たせしてごめんなさい」
「よし、御朱印ももらえたし、早く帰ろう」
 来た道を思いますと、暗くなる前に帰った方がよさそうです。私たちは、足早に歩き始めました。
 参道の先を曲がりわらべ通りに入りますと、墓地が見えてまいりました。日が傾き始め、私たちは歩きながらどちらからともなく手を繋いでおりました。
「通りゃんせ 通りゃんせ」
 心臓がドクンと鳴り、足が止まりました。凛さんが突然歌い始めたのでございます。
「どうされたのですか?」
「どうしたんだろう? 突然頭の中で鳴り始めたの。あれ、この後何だっけ? あれ、思い出せない。思い出せない、思い出せない、思い出せない…」
 凛さんは、歩きながらスマートフォンで『通りゃんせ』の歌詞を検索し始めたのでございます。スマートフォンの明かりに照らされた凛さんの顔は、まるで蝋人形のようでした。
「あっ!」
 私も一緒に歩こうとすると、何かにつまずいて転んでしまったのでございます。
  チリーン チリチリチリチリ
 ポシェットについていた鈴の紐が切れて、手の届かない所まで転がってしまいました。すると、辺りは瞬く間に暗闇に染まったのでございます。体は鉛のように重くなり、思うように動かなくなってしまいました。
「凛さん、待ってください」
 口がパクパク動くばかりで声になりません。凛さんはスマートフォンに目を落としたまま、ひとりでどんどん遠くに行ってしまったのでございます。
通りゃんせ 通りゃんせ
  うふふふふふ

 私のすぐ後ろで、子どもの声がしています。

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