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『肉中の哲学』をレゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドの文脈で読む(7)第五章 後半 ~p.94

 第五章の前半では、「目的のある人生は一つの旅である」複合メタファーの構造についての基本的な考察を行っている。この章の後半では、この複合メタファーに基づく、より複合的なメタファーである「恋は旅である」について考察をしている。

 「恋は旅である」は「目的のある人生は一つの旅である」をベースに、「プライマリー・メタファー」の「関係は囲い込み」と「親密性は近接性」と複合したものである。つまり「親密な関係は、接近した囲い込み」であり、それが恋の状態をメタファー的に表しており、さらにこの「囲い込み」と旅という目的地への移動という事実が、何らかの乗り物に乗って進むというイメージを作り出すという。

 この恋人たちが乗り物に乗りながら、恋の最終目的地へと向かうという「恋は旅である」というイメージは、「旅」の知識、「恋」の知識、「乗り物」の知識などと組み合わさり、豊かな推論を展開させることができる。

 例えば、
①二人は知らず知らずに、行き止まりにたどり着いた。
②引き返そうにも、二人を囲む状況は最悪で、彼らの乗り物の車輪は空回りするばかりだ。
③もう、彼はもう少し頑張ろうと言ったが、彼女はもう降りると彼の声を聞かなかった。
 などの推論的な表現が生まれてくる。

 「恋は旅である」というメタファーは普遍的なものではなく初めてその言葉を聞く人も少なからずいる(完全に聞いたことのないメタファーを著者たちは新奇メタファーと呼ぶ)と思うが、そのようなものであっても、聞き手に「恋」や「旅」、「乗り物」についての簡単な知識があれば、上記の①~③をイメージしながら理解できるところにメタファーの良さがある。そして「さらなる追加出費をしてまでこの恋を続けるか迫られた」「気づけは恋が始まったときから、周りの景色はずいぶん変わっていた」などのイメージの展開(著者はエンティルメントと呼ぶ)を引き出すことができる。

 この「恋」のメタファーが「旅」であることについての、真・偽(正・誤)の判断は簡単にはできない。人の体験や知識の在り方が多様であるように、「恋」に対するメタファーも様々なものが存在するからであり、それらを全て取り上げ排除できるような論理を見つけることは相当に難しい。「恋は盲目」「恋はハリケーン」「恋はチョコレート」「恋は椿の花」などなど、他にも新奇メタファーはいくらでも考えうるし、そこからイメージを展開(エンティルメント)させ推論することができる

 多くの概念が、メタファーによりその多様性と推論の広がりを得ることができる。もちろん、科学や論理学の世界では予測や推論の正確さを作り出すため、概念の多様性を排除することが求められるが、人間の思考の本質や全体から見るとそれらは特殊な部類に入る。科学や論理学は独自の大きな価値がある上で、なお人間の思考におけるメタファーの影響は無視できないほど大きい。
 メタファーを活用することで、時には役に立たない(害と生む)推論が行われることもあるが、そうした役に立たない推論こそ、経験から素早く学び排除していくことで、推論の多様性の利点は保たれるといえる。

レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドとの関連

 複合メタファーまで考察を進めると、メタファーによるイメージの展開や推論の広がりの効果についてかなり想像できるようになる。

 レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドで作られるモデルは、自分の思考を代弁する「メタファー」として解釈することが基本である。作り手がモデルを作るとき、メタファーのもつ推論の機能やイメージの展開が起こることは、作ることで知識が形成されるという「コンストラクショニズム」の主張と重なる。
 また、モデルを使って作り手がストーリーを語るとき「メタファー」の推論の機能やイメージの展開がそこでまた起こっているといえる。モデルの一部を動かしたり、ある条件のもとでどうなるかを考察する(プレイをする)ときには、「メタファー」の推論やイメージの展開の部分をモデルを使っているともいえる。

 このように、レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドにおけるワークの多くの部分で「メタファー」が機能しているといえる。

 また、モデルを作る前の段階での「問い」にメタファーを指定することで、作り手のイメージや推論をかきたてるというアプローチもありそうだ。

 例えば「あなたの人生が旅であれば、どのような旅であるか、モデルで作ってみてください」や「恋を旅であれば、あなたにとってどのような旅でしたか。モデルで表現してください」などの問いかけからは、作り手の人生や恋に対する考えが豊かに引き出される可能性がある。そのような問いの作り方もファシリテーターとして持っておきたい。

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