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『拡張による学習』をレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの文脈で読む(7)第3章 拡張的研究のカテゴリーとしての最近接発達領域(後半) p.209~

 第3章の前半では、グレゴリー・ベイトソンの「学習レベル」の議論を一つのヒントとして、エンゲストロームにより「活動の階層構造」が示されるところまでを見てきた。第3章の後半では、「活動の階層構造」の中で起こる拡張のダイナミクスのプロセスが示されている。

最近接発達領域

 いよいよ、この章のタイトルにも示されているキーワードである「最近接発達領域」が示される。
 このキーワードは、ロシアの心理学者ヴィゴツキーによって提唱されたものである。本書にも引用されているヴィゴツキーによる定義では以下のようになっている。

子どもの最近接発達領域とは、ひとりで行う問題解決によって決定される現下の発達水準と、大人の案内のもとで、あるいは有能な仲間との協働によって行う問題解決を通して決定される潜在的な発達水準との間との距離である。

『拡張による学習』(翻訳版)のp.215より。翻訳版では全てに強調点が打たれている。

 エンゲストロームは、この定義の中で出てくる「協働」を、比較的長い時間持続するものとしての活動として見るとともに、単なる繰り返しではなく、そこで新しいものが生まれてくる創造的なものとして、彼の「拡張による学習」理論も包含されるように、次のように表現しなおしている。創造的なものとして考える場合、前もって創造されるものは知りえないため、上記の定義にある次の段階を案内するような大人はいない

最近接発達領域は、個人による現在の日常的な諸行為と、そうした日常的な諸行為の中に潜在的に埋め込まれているダブルバインドの解決として集団的に生み出される社会的活動の歴史的に新しい形態との間の距離である。

『拡張による学習』(翻訳版)のp.221より。翻訳版では全てに強調点が打たれている。

 ここで出てくる「ダブルバインド」とは「学習レベル」の考え方を出したグレゴリー・ベイトソンによって提案された概念である。それは、矛盾した2つの命令や欲求によって身動きが取れなくなっている状況のことを指している。このNoteのシリーズで何度か出てきている「矛盾」と重なるものとして考えても良い。

 このエンゲストロームの定義によれば、新しい水準に導くのは、すでにその水準を知っている大人ではなく、ダブルバインド状況であるということになる。

最近接発達領域の段階構造

 この最近接発達領域の定義をもとに、そのプロセスについてより解像度を高めたものとして、エンゲストロームは「最近接発達領域の段階構造」という図式を提案している。

 その図式は以下のステップが円循環するものである。
(1)欲求状態を見出す
 活動の中で様々な要素が同居し、うまくかみ合わずもやもやしている状態である(第一の矛盾)。
(2)ダブルバインド状態の分析と理解の転換
 思考実験や内的対話を通じて、何と何が本当は相反しているのかについて理解を深めていく(第二の矛盾)。
(3)対象/動機の構築と道具のモデル化
 ダブルバインド状態を脱する道具、その組み合わせである新たな活動のモデルを作り出す。新たなモデルを作られると、新たな働きかけの対象が浮かび上がり、そこに向けて動機付けられる。
(4)適用と一般化
 主体は新たな活動のモデルに合致するような行為を行う。古い要素と新しい要素がぶつかり合う(第三の矛盾)。活動全体が繰り返しの中でかみ合ってくる。
(5)新しいものとの活動の統合
 新たな活動が確立されることで、他の活動とのぶつかりが生じる(第四の矛盾)。そのぶつかりの一部は(1)の欲求状態のもとにつながっていく。

 この基本的なサイクルを歴史的に繰り返しながら、最近接発達領域を通って、活動は展開していくのである。

レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドとの関連性

 レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドのワークを、最近接発達領域の段階構造を意識して進めていくと、より創造的な成果が出るかもしれない。

 まず、活動の中に存在している(1)「欲求状態」について、みえる化をしっかりと行うということである。そのことを問いをしてレゴ🄬ブロックでモデルを作らせる。1回のモデル作成で一つの欲求しか出ないならば複数のラウンドをしてもよいし、ある活動が求めていることをグループで出し合う(各自がそれぞれモデルを作って共有しあう)ことによって、自然と欲求状態が見える化できるともいえる。

 (2)については、上記のように「欲求状態」について作ったモデルについて参加者が相互に質問をしあうことが重要である。様々な質問を中心としたやりとりの中から、ダブルバインド状態がより明確になっていくことが期待される。

 (3)については、ダブルバインド状態を解決するのためのアイデアを、それこそ、レゴ🄬ブロックのモデルとして作ってもらえばよい。

 (4)は、そのアイデアを実際に行ってもらうことで達成できると思われる。(5)については、もし、複数のグループで行っているとしたらであれば、それぞれのグループで作った(3)の作品を一つのテーブルに集めて、関係性を考察していく、という方法も考えられる。複数の作品を集めることによって、そこにまた矛盾状態が立ち現われ、それを克服するような新たな道具、モデル、活動のアイデアを考える機会が生まれるからである。

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