見出し画像

『拡張による学習』をレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの文脈で読む(6)第3章 拡張的研究のカテゴリーとしての最近接発達領域(前半) p.181~

 本書の第3章は第2章までいかないが、80ページ近くある。そこで第3章も前半と後半に分けてみていきたい。

発達としての学習のレベル

 タイトルからわかるように、キーワードは「最近接発達領域」であるが、このキーワードの前段として、「発達」とは何かという問題がある。

 エンゲストロームは「発達」を「活動がますます社会的になっていくこと」であるととらえている。

 そして、この「発達」の段階についてより解像度高く理解するための理論的枠組みの一つがグレゴリー・ベイトソンの学習レベルの議論である。
 活動の理論に合わせて、学習レベルを簡単に紹介すると以下のようになる。

ゼロ学習:反応は合っていても間違っていても変わらない。

学習Ⅰ:すでに手持ちの一つの選択肢群の中から、選択の過ちに応じて選択肢を変える。結果をもとに学んでいる段階ともいえる。

学習Ⅱ:学習Ⅰの進め方における変化である。選択肢を増やすことや選択肢群を変えることで選択の過ちに対応する。結果をもとに学び方を見直す段階ともいえる。

学習Ⅲ:学習Ⅱの進め方における変化である。選択肢の増やし方そのものを見直すことや選択肢群の選び方を変えることで選択の過ちに対応する。「学び方の変え方」を学ぼうとしている段階といえる。

学習Ⅳ:学習Ⅲに生じる変化である。グレゴリー・ベイトソンは「地球上に生きる成体の有機体が、このレベルの変化に行きつくことはないと思われる」としている。

 このグレゴリー・ベイトソンの学習のレベル論は、基本的に個人の中で起こるものとして想定されている。学習のレベルが上がることで、より広範な変化に対応する選択肢を見つけることができる。
 それに対してエンゲストロームが扱おうとしている「活動」は個人とコミュニティの両方を扱っている。そこで個人とコミュニティの結びつきという観点から、学習のレベルを再整理する必要がある。

発達としての活動の階層構造

 エンゲストロームがグレゴリー・ベイトソンの学習のレベルを踏まえつつ、活動構造に重ね合わせたものが以下の表である。

学習のレベルと活動の階層構造
※『拡張による学習』における表では「学習」の項目はない

 活動の階層構造の各項目のうち、もっとも中心になるのが「主体」の項目である。ここで「無意識的」とは「私は何者か」ということを意識しないでいる状態である。ここでは道具は対象である環境の排除したい「抵抗」を分析し、取り除くためのツールであり、そのため必要に応じて他の人と協力関係を構築している。

 やり方を変えても成果が出ない場合には、自分自身が「これが正しいやり方だろう」と考えていた選択肢そのものを疑うようになる。そこで、焦点は「私の考え方」に向くことになる。環境の分析は自分が抱えている考え方を生み出すモデルとなる。そのモデルを使って働きかけているのは環境であるが、環境の中の些末な抵抗ではなく、その抵抗を生み出している環境内の構造、すなわち「問題や課題」を見ることになる。そして、そのようなモデルを持つ自分自身は何者かという感覚を意識的にとらえていくことになる。それが「個人的主体」としての主体の在り方である。アイデンティティに対する自覚があるといってもいい。そのような「個人的主体」の感覚が強まれば自分自身が集団の中でどのような役割を果たすべきなのか、という感覚についても明確になる。つまり目的達成のための組織の中の自分という感覚が出てくるということである。

 さらに「個人的主体」を考えている中ではどうにもならない問題が出てくる。その問題を克服するには自分以外の人々と方向を共有して当たることになる。つまり「われわれ」の感覚を構築する段階となる。それは上の表でいう「集団的主体」の形成を目指すための学習ともいえるだろう。そのため、使う「道具」は「われわれ」の感覚を構築するためのイデオロギーもしくは、個々人のモデルを構築する共通の社会観を成り立たせている方法論ということになる。そして個人的主体のときは問題や課題だった対象は、私たち自身の在り方へとスケールアップする。社会と私たちの結びつきや関係性をどう構築するかという意味では「パーパス」の探究と言ってよいだろう。

 このような活動の階層構造を必要に応じて、無意識的から個人的主体、集団的主体へと変化させていくことが、エンゲストロームが見ている発達である。その社会に生きる人間を豊かにするような「集団的主体」を創り出すことが重要であり、そのためにも「拡張による学習」の理論の完成度を高めていく必要があるとエンゲストロームは考えているのであろう。

レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドとの関連性

 レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドは、まさに「学習のレベル」や「活動の階層構造」における発達を促す手法であるということができる。

 ある問題に対する私の考え方を、行動の選択肢を示すというのではなくブロックで「モデル」として表現してもらうという点は、まさに「学習Ⅱ」を行っていることにピッタリと重なる。

 さらに、自分の考え方のモデルから「私たちの考え」へとモデルを作り直すことは「学習Ⅲ」に示されていることに重なる。

 階層という考え方で言うと、より上位の階層を考えるためには下層から積み上げていく必要がある(個人モデルから共有モデルへ)。また、人々の考え方を相互にそろえていくには上層から下層におろしていく必要がある(共有モデルから個人モデルへの見直し)。こうした階層の移動という視点で、ワークショップのプログラムを組むことで、参加者の「拡張による学習」をより効果的に促すことができると考えられる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?