新人営業きっかわ 4話「頑張れない」

「いらっしゃいませぇぇえええ!」
「いらっしゃいませ!」
「らっしゃいませーー!」

新しい店舗はモーレツだった。
何がといえば全部だが、あえて特筆するなら挨拶の熱量か。

店舗スタッフ同士、お客さんへの挨拶、カットイン時etc…
「自分達の挨拶の仕方は特別だ」
推奨された所作にはどれも、このような主張が滲み出ていた。

気持ちのいい挨拶、丁寧な接客、楽しい買い物の雰囲気。
熱に浮かれたお客様は、本当は別に今日でもなくて良い買い物を今決める。
それが大事だ。客側にとってどこで買うのも大して変わらないが、店からすれば、ウチ以外で買われたら大損だ。
だから店のスタッフ総出で、売り場の雰囲気を盛り上げる。それはそれは熱心に盛り上げる。だからこそボーっと突っ立ってるスタッフが居れば無茶苦茶心象が悪くなる。

なんて脳みそ筋肉な戦法だと思ったが、なるほどなと思う所もある。
売り場のガヤが足りない。声出しが途切れたと思えばすかさずいらっしゃいませである。
そうしながらグルグルと売り場を回っては、立ち止まってる方に積極的に声を掛ける。当然目的意識が浅いはずなので、そこは挨拶に留める。
午前中が過ぎてお昼休憩に入った。

「やばい、疲れた」

誰にも聞こえない声でつい言葉が漏れる。
正直に言って無理である。
ムリムリカタツムリである。

客層の捕まえにくさもあるが、競争相手も多い。
通信契約の獲得を狙ったライバルは携帯キャリアと固定回線で6社ぐらいは居る。
それらがPCフロア回りで客の取り合いなのだ。
まさしく戦場に過ぎる。
何ならそのせいで強引なアプローチを仕掛けて、逃げられている人まで。
そして客を捕まえていないスタッフは無限に声を出している。これではバテる。ダメだ、作戦を変えないといけない。
自分は性分として頑張り切れない男なのだ。頑張らない工夫を頑張るのだ。

お昼からは動きに工夫を入れた。
主戦場のPCコーナーから外れた、DOS/Vパーツやソフトのコーナーに目を光らせた。
もしかすると、売り場の接客攻撃にビビッてPCをじっくり見たくても見れない人だっているかもしれない。
だって自分がそうだ、こんな売り場ではゆっくり仕様を読むことすらままならない。
予想は当たった。
「こんにちは、賑やかですみません(苦笑い)」
この体裁で挨拶していくと今日はパソコン見ようかと思ったけど周辺機器だけ見て、平日の静かな時にまた来ようと思っていたなんて人も居た。
自分も疲れるんで避難してきましたなんて自虐を交えつつ、
「自分はあんまり売り込むのが仕事じゃないけど結構詳しいので、よかったら接客されてる形で一緒に見ませんか?」
こうやって売り場を一緒に練り歩く。これは効いた。
接客中は丁寧に、お互いにニコニコ話してる方が好評なのだ。何せ強気の呼び込みが当たり前になっている売り場は、お客さんのニコニコを引き出す事がそもそも難しいからだ。
純粋にPCパーツや周辺機器を見に来た人にも効いた。
パソコンを売るための予備知識を勉強している販売員はそこかしこに居るが、所詮は付け焼刃。ルーターやグラフィックボードの選び方、ソフトの良し悪しなんて知らないのだ。

「いやあ、僕が来てる日で良かったです」

嫌な顔ひとつせず、こう言い放っていくのだ。
お礼を言われたらしめたもので、代わりに自分の売り込んでるものを
「宣伝させてもらう」のだ。
急にそんなもの契約するなんてケースが珍しいから、要りそうだとか、あの人なら欲しそうだとか、考えたり口コミしたりして気になったらまた来て下さいという訳である。前回から実践した名刺帰りを期待して、ティッシュやイベントカード、あるいはチラシの裏にでも内容のキーワードと自分の名前を添えて3枚ほどお渡しして笑顔でお別れだ。
運がいいとそのまま「詳しく聞かせて」となって即決になる。
流石にそれはPC売り場での数が多いようだが、海千山千のベテランが向こうには居るのだ。手薄になった時だけカバーするという意識で仕事したら楽になった。

この週末の獲得は2件。
初週だから戻りも期待できないので、出たぶんまずまずだろうと思ったら、
マッシュに「4件って言ったよね、足りないよ?」と煽られた。
おのれマッシュ。願掛けレベルの儀式を掘り出しやがって。

と思ったらマッシュは4件取ってた。鬼かよ、あ鬼だったわ。

すかさずクジラのフォローが入る。
「ありがとね、新規取ってくれて」
「売り場としても難しかったでしょ」
「よくやってくれてたよ」
「困ったらいつでも言ってね」
「来週もよろしく」
低音ボイスの落ち着いた声で背中をさするように労ってくれた。
仕方ない。こう言われては頑張ってみようかとなる。
人とはこうもチョロいものなのだ。
世の中褒めたもん勝ちだぞパワハラ勢

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