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365短歌(2022)

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2022年に投稿した三首の連作短歌をまとめたマガジンです。
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2022年9月の記事一覧

連作 コピー紙のようなひと

サントラで思い出すひとコピー紙のようにぺらぺらに薄れているひと もうきっと思い出すことはない家へ行く道順を繰り返し辿る 夜のようなまぶたを開けばおしまいで底なし沼に沈める記憶

連作 満月にナイフ

眠気には反抗しようとするくせに目さえ合わせてくれないビール 映画にはなれないやさしいキスのまま背中に隠した右手のナイフ 満月にナイフを刺してしまったら醜い素顔を見せてくれるの

連作 秋の朝をループ

好きだから別れられないものたちが形成しているわたしの心 右腕のほくろを数える容易さで好きな音楽を見つけていたいよ リミックスなんていくらでも聴きたいし秋の朝だけループすればいい

連作 君を待つこともなく

知っているバンドが解散する君を待つこともなく眠りにつく日 秋風にまくれあがったカーテンに徐々に大きくなっていく歌 口笛で紡いでしまう好きだった歌はサブスクで残り続ける

連作 魚は切り身で泳ぐ

君の名の読みを覚える気はなくて魚は切り身で泳ぐんだろう やさしいとやさしくないの間には虫を殺せる僕が立っている 鳥のように飛ぶVRを見ていたい君の邪魔にはならずに生きたい

連作 #紅葉

#紅葉 はまだ見かけないヒートテックを着込んでもう秋 冷えた手と澄みきった月 性能が良くなるばかりのスマホのカメラ クーラーの設定温度をまちがえたみたいに冷える雨上がりの街

連作 正位置の疲弊した顔

夕暮れが塗り替えられていく車窓に映る正位置の疲弊した顔 自販機の昨日も押したコーヒーのボタンを避けるように生きている 音量を少し下げたら電車から降りて毎日自宅への帰路

連作 インナーカラーのグレージュ

唇を開けば届く声ならばこんなに色のない風の昼 秋の雨インナーカラーのグレージュを絡めた指の爪が欠けている 秋色の無人のホームで首筋を撫でたのは風、風のくちびる

連作 木星に続く線路

打ちかけた文章を消す十一時来客を告げるベルは壊れたまま くたくたのスニーカーを履く木星に続く線路の夢 車窓の月 見覚えのあるシャッターの駅ナカをゆけばなんてことない孤独感

連作 さみしいなんて作り話だ

買えば買うだけ肥大する心には風の尻尾も残らないのに 孤独でもいいって笑える僕なのにきれいに並べたグッズの山だ 肥大した心の居場所を作りたいさみしいなんて作り話だ

連作 八階から見る月

八階の廊下を歩くああ月がほんの僅かに近く見えるだけ 終電が行ってしまうのに半月はときどき空にいてくれるのに 忘れ物は決してしない学生で心残りはいつだってある

連作 どうしても許せないこと

制服を汚すみたいに怒りから吐き出していく想像の頬 どうしても許せないことでできた海箪笥の奥で今日も揺蕩う てきぱきと片付けられない炭酸がぬけたサイダーは苦手なままだ

連作 ほくろの場所

ぬるい雨が降ったりやんだりする夜に君のほくろの場所を忘れた まだ降るね、確信めいたつぶやきが冷めない紅茶に生みだす波紋 新しい恋人に言うおやすみは届かないまま過ぎ去る嵐

連作 一人/独り/ひとり

一人旅しているみたいに独りきりのベッドのシーツをひとりで直す ホテルぐらいきれいに伸ばしたシーツから雲隠れする月の残り香 独りきりに慣れたい夜は腹の虫も鳴らないくらいにしずかな曇り