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【小説】空は、近いほうが良い【白砂での暮らし】

「今時の子は、あんまり外遊びしないのかい?僕らの頃は、子供は山を駆けて、風に乗ってたんだけど。」
「風に乗るってなんすか?」

後ろから聞こえてきた声に、センセイは首をかしげる。玉ねぎと四苦八苦しているハカセも、不思議そうな顔をして、シソを見つめる。
思わぬ反応に、シソの方が不安げな表情を浮かべる。

「え?風に乗るって、そのまんま。空を飛ぶんだよ。」
「いや、空なんか飛べたら、人類はもっと発展できるだろ。」
「そんなこと、できると考えたこともなかったですね。一回、飛んでみてくれません?」

シソはにっこりと笑って、くるりとその場で一周した。すると、少年の周りで風が吹き始めてそのまま浮いていった。飛んでいった先で、羽織っていたマントを羽ばたかせて、滑空するように移動する。

地上に残された二人は、ポカンと口を開けて眺めている。
これほど、驚愕し、心躍ったのは、いつ以来だろうか。初めて鯨が泳いでいたのを見たときか。飛ぶように地平線を駆けるチーターを眺めていたときか。
口角が緩んで、締まりのない顔をしている自覚は両人ともにあった。

「ね、君も飛んでみなよ。マントは貸してあげるからさ。」

隣に降り立ったシソから、押し付けるようにマントをかけられる。チラリと目線を交わし合い、先にマントを手に入れたのは、ハカセだった。

「大事なのはイメージだよ。頑張れ!」

シソはそれだけ言い残して、家へと帰ってしまった。
面倒見てほしいとか、そういうわけではないんだが。このあっさり具合は、ちょっと。
ハカセとセンセイは、顔を見合わせて、ため息をついた。

「とりあえず、風を集めるイメージをして、それが俺を持ち上げるイメージを…。形の無いもののイメージって、難しいな。」
「無から、ジャガイモの精製ができたんですから、風くらいなんともないですよ!所詮空気、そこら中にあります!」

正しいのかどうかもわからない声援を受けながら、ハカセはマントに風を集めるイメージを必死に繰り返した。
夢中になって、風と戯れ、少しでも浮けないかと、試行錯誤した。

「そろそろ、私にも貸してください!」
「もう少し、もう少しでコツがつかめるから!」
「疲れて、コントロールが雑になったら、つかめる物もつかめないでしょ!」

子供みたいな喧嘩をしつつ、ハカセとセンセイはマントを取り合う。
なんとか、手に入れたマントをまとって、センセイも空を飛ぶ練習を始めた。
空気を掴み、マントの下に入れ、自らを持ち上げるように。

「あ、砂に似てる。」

そう呟いた瞬間、空気の扱い方がはっきりとわかった。
ぶわり、と地面の砂を巻き上げて、センセイは空高く飛び上がった。

「わぁ!!見てください!飛べました!!」
「な、俺より先だと!?」
「ふふ、私、器用なんですよ。」

地団太を踏みながら、怒っているハカセを眺めながら、センセイは優越感に浸って滑空していた。
すると、マントもなしに飛んでいるシソが、突然センセイの目の前に現れた。

「ひゃあ!?」
「マントありで飛べるようになるまで、結構早かったね。じゃあ、次は身一つでどうぞ。」

すっ、とセンセイのマントを剥ぎ取り、ケラケラと笑いながらシソは地面に降り立つ。
マントを取られたセンセイは、グルグルと回りながら落ちていく。なんとか空気のクッションを形成して、地面に激突だけは避けたが、心臓はバクバクと限界まで動いていた。

「んじゃ、ハカセはマント頑張れ。向き不向きってやつだから、あんま気負いすぎなくていいよ。」
「飛べたら、剥がれるんですか。あんな感じで。」
「そりゃ、ね。危機感があるほうが、練習になるでしょ?」

楽しそうに笑いながら、シソは遠くで放心しているセンセイの様子を見に行った。

「とんだ、スパルタ師匠だな。」

ハカセは小さくつぶやく。それでもなお、空を飛ぶ練習をやめることはなかった。

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