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流星ロマンチスト。

しばらく星を見ていない。
ということは流れ星も見ていない。

友だちが突然「いやぁ、おれ最近、星見てねぇわぁ」って言い出したら、ふつうは「なんやこのロマンチスト」ってギョッとするかもしれないけど、私ならギョッとしない。私は流星ロマンチストだから。

むしろ「そうなんだね」と共感し「俺もしばらく見てないよ」という言葉をグッと飲み込むことと思う。

いまは札幌に住んでいるんだけど、夜になっても星が見えない。人口200万人の光が邪魔をするから。いや、見えないというか見ようとしていない。月ならたまに見るけど星は見ない。

田舎に住んでいたとき、それは7歳から18歳までの11年間なんだけど、この期間の「夜」といえば必ず星がセットだった。夜になると町は真っ暗で、夜空を見上げるととんでもない数の星が見えた。あの星の数は人類の数だ。まるで今まで生きてきた全ての人たちが夜にまたたいているような。


星座の早見表みたいなやつは家にあって、あれは何座だうんたらぽんたらって1人で見て、部活の帰りで夜遅くなってチャリをこぎながら、まだ出てなかったノドの仏様がボコッと出るくらい上を眺めた。冬になると空気が冷たいから、いっそう星がきれいで。



そういえば中学生のとき、サッカーの練習を終えて1人チャリで帰っていると、後方上空から「ギュイーーーン」と音が聞こえた。

「な、なんだ!?」と振り向くと、流星というか火球というか、巨大な青白い光が轟音とともに空を走っていた。え、隕石!? とびっくりした。

巨大な流星は家の方角に消えていったから、家に落ちていないか心配で、急ぎチャリをこいだが何事もなく。あれはなんだったんだろう。


あの巨大な流星とまではいかないが、小さなころ、家族で行ったキャンプ先で、流星群を見た。

場所は忘れたが、どこかのダム湖のほとりで、父と2人流星群を観察した。お風呂で子どもがやる水鉄砲くらいのピュッピュッという間隔で、めくるめく星が流れていて、後にも先にもあんな流星群は見たことがない。夜空が黒い幕だとしたら、突き刺さる流星で揺れていたんじゃないかと思うほどだった。


天の川は知床で見た。

友人と訪れた初めての知床。札幌から車で6時間くらいだったような気がするが、知床に入る直前、どうしてもみんなおしっこがしたくなって、途中の海に面した道に車を停め、それで立ち小便をした。

おしっこをみんなでしながら空を見上げると、これはもう文句のつけようがないほどの星空、天の川、というかもう、あれは銀河だった。銀河の放尿である。


未来がどうなるかはわからないが、札幌でもう少し暮らしていくのが私の人生であろうから、私の息子あるいは娘は星空を知らない子どもとして育つことと思う。


だからきっと、ここでこうして書いたような、星と私の話を、マウントを取るように自慢げにすることと思う。

父さんは星空のしたで育ったし、星座をたくさん知ってるし、青白い流星を見たこともある。きみのじいさんと一緒に流星群を目撃したし、天の川のしたで立ちションをしたこともあるんだぜ。


こうやって話すときの私の顔はどんな顔で、それを聞く我が子は果たしてどんなことを言うだろう。


〈あとがき〉
過去にも書いたことある気がするんですが、ガチで星が嫌いな人ってたぶんいないですよね。だって綺麗だし、たくさんあるし、夜しか見れませんし。夜空の向こうに宇宙が広がっていて、あの星ひとつひとつが太陽みたいなもんなんだと思うと、まじロマンです。今日も最後までありがとうございました。

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