プライドが高い人はプライドがない人に負ける。
プライドとは自分を守るための盾であり、他者と競い合うための剣である。しかし、時としてプライドは、自分の足を引っ張る足かせにもなりうる。
歴史の中でもプライドのせいで散々な目に遭った人が数えきれないほどいる。
例えば、我らがナポレオン・ボナパルト。
彼は「おいらこそが時代を変える天才や! いっくでー!」と豪語するフランスの英雄だったが、その信念が過剰になり、最終的に自分自身を破滅に追いやった。
ロシア遠征での彼は「おいらの軍が勝てないはずがなーい!」という無敵のプライドで突き進んだが、待ち構えていたのはロシアの冬。冷凍庫のような極寒。
結果、彼の軍は寒さの中で凍りつき、ナポレオン自身も滑って転んだ。いや、実際には転んではいないと思うが、そう言ってもおかしくないほどの見事な転落だった。あぁ、ジョセフィーヌ。
一方、プライドを持たないことで勝利を収めた例も存在する。
孫子は「戦わずして勝つ」ことを説いたが、これはつまり、
「いや、ワイらが戦ってもどうせ負けるから! ま、なんとかうまくやろうず!」
という、非常に賢い現実主義である。
孫子はプライドをたずさえ「ワイが一番や!」と叫ぶ代わりに、状況を冷静に見極め「いやいや、どうせ誰もワイのこと気にしてないし、ひっそり勝てばいいんじゃね?」と言ったとか言ってないとか。たぶん言ってない。しかし、そういう柔軟な姿勢が大切だ、と言いたかったのだろう。たぶん。
現代に目を向けても、プライドが高すぎる人は他人の意見に耳を貸さず、自分のミスも認めない。
その結果、仕事の場では「不動の王者」になるのだが、往々にして「誰からも相手にされない裸の王様」となってしまいがち。
一方プライドを持たない人は柔軟だから、失敗を「ネタ」にして笑い、他人から学ぶ。永遠なる成長の道を突き進むのだ。
プライドを持つことは決して悪いことではない。
そのプライドが自分を滑稽なピエロに変えてしまう前に、少しだけ「自分は完璧じゃない」と認めてみるのもいいだろう。
自分を客観視し、時には自分を笑い飛ばすことでしか、手に入らない勝利もあるようだ。
そう、プライドが高いのは結構だが、そのプライドを捨てた先にこそ、本当の意味での「勝ち」が待っているともいえる。
って、なんかに書いてありました。
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