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【短編小説】祭

 雨期になると、ある村では変わった祭が行われるというので、私はいそいそと出掛けていった。
 まず、木に成りきった男性が勢いよく小川を流れていく。彼の体は少しも曲がりはせず、手も足も体に縛り付けて一本の丸太に成りきっている。深さは膝下までの小川ではあるが、雨期になると上流から雨水が押し寄せて結構な急流となる。この村で一番息継ぎが長く、またどんな時も冷静な心を持てる者でないとこの役は務まらないと村長は言う。丸太になった男は流れていく先々で、泥を被った子供らの塊や、草木を纏った女たちの集団を勢いよく突き破っていく。最後に待ち構えるのは屈強な男達が肩組む壁で、これは巨大な岩を表していると村長が教えてくれた。丸太の男がこの壁を割るように突破して、最後は体を横にして小川の流れを止める。これが祭のフィナーレだと言う。
「全部本当にあったことですわい」
 村長はしみじみと答えてくれた。
 丸太役の男は今後一年間、『ご神木』として村で祀られるそうである。ただし木であるから、もちろん勝手に動いてはいけないし、体勢を崩してはならない。村のお社で世話を受けながら、一年間を木に成りきって過ごすのである。
「それは辛い」
 私は思わず口を滑らしたが、村長は深く頷いた。
「無論辛いお役目です。しかしこの決まりを守らねば、初代のご神木様たちの祟りがあると伝えられておりますわい」
「祟りですか?」
 村長曰く、この村の近くには別の川があり、昔から泥や草木が溜まりやすく、その上大岩が流れを悪くして、雨が降る度氾濫していたのだそうだ。当然作物は育たず、家々は建てるそばから流された。この地は到底人が住める土地では無かったが、この荒々しい川を治めようと立ち上がった人々がいた。それが私らのご先祖様ですと村長は言う。
「丸太を持って、泥を雑木を押し流し、大岩を砕き、堰を作り……あの大川を治める為に、果たしてどれだけの命が川に食われていったか。祟りは恐ろしいですが、私らはそれ以上に、ご先祖様への感謝と供養の表れとしてご神木に成るんですわい」
「成る程、ご神木様とは、治水を行ったご先祖様のことなのですね。しかし、一年とは厳しいですね」
「いやいや」
 村長は首を振った。
「自ら堰と成った初代のご神木様たちと比べれば、一年など易いものでしょう」 
 私は頭を傾げた。
「自ら堰となった、ですか?」
「ええ、ええ」
 村長は大川を、そしてその流れの先にあるだろう堰を見据えるように遠くを見つめた。
「全部本当にあったことですわい」
 時折、特に大雨の後などには、小さな欠片になった古い骨が下流で見つかるそうである。骨は社へ納められ、手厚く供養されるという。
 今では、大川は緩やかに流れ、堰は田畑を潤して人々に豊作をもたらしているという話である。 


※即興小説トレーニングでの未完作品の供養です。
お題【進撃の木】

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