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不調について考える

「かかー(ママ)、 でんぐり返し見てて!すごいでしょう! 」
夜、子供たちが布団の上でぐるんぐるん回っている。
「かか(ママ)は小学生の時、めっちゃ得意だったよ。後ろに回るやつもできたしね」
と、ちょっとマウントを取ってみる。
でもいざやってみようと思うと、なんと怖くてできない。首の骨が折れるのではないかと本気で心配になる。子供の手前、思い切ってやってみると変な方向に転がって子供に笑われた。思いっきり無様である。

生湯葉シホさんの記事(以下)を読んで、体の変化や不調について考えた。
 


最近、頭や肩が非常に痛い。仕事で長時間パソコン作業をしていると痛くなる。調べてみると、緊張性頭痛というやつのようだ。本当にひどい時は薬を飲んでやり過ごすけれど、もう若い頃のように、痛くなかった時には戻れないんだなと思うと悲しい。昔は残業続きでも大丈夫だったのに。
 
痛みだけではない。15年前の卒業旅行の写真を見て、自分の顔がプリっとしていることに驚く。張りが違う。目の下のシミもクマもない。恐ろしい。
 
14歳の時、交通事故で右耳が聞こえなくなった。その時からずっと耳鳴りも続いている。当時の私は、努めて深く考えないようにしていたからか、あまり悲しかった記憶はない。不便ではあるけれど、もうこれがデフォルトになって久しいので慣れてしまった。
 
自分の子供を見ていても、できることがどんどん増えていく姿は、こちらも見ていて嬉しくなる。
こんなことできるようになったよー!といろんな人に伝えたくなる。
逆にできていたことができなくなっていく経験は、自分の持ち物を無理やり取られたようで、なんだかとってもつらい。そして話しづらい。
 
でも当たり前だけれど、どんな人でも悩みや不調、障がいを持っていたり感じながら、何とかかんとか生きているんだよなあと思う。

「健康で元気な状態」がデフォルトではないという事実、「不健康な状態」がもっと語られるべきという生湯葉さんの記事が身に染みた。



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