うたとえ2023ラスト「葉群れのかすかな晶度へと」

詩〜松尾真由美(写真家森美千代氏とのコラボより)
曲・画面構成〜及川恒平
演奏〜PAPERLAND 及川恒平Vo. 幸田実Bass 本田修二A.G Uku.
A Gavilinker Cho.
録音〜Stodio Pilliqua 他 2023年11月-12月

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「葉群れのかすかな晶度へと」松尾真由美


誘われているよう  
やさしい繁み
ささやき その他
開きつつあつまる葉のすべらかな肉感の
密やかに入りこん だ香りの森で
私はなにをなしたのだろう

あてどない手の高揚すら
月にのまれて
無為の糧
配されて
配していて
陽だまりの温みにまみれる

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どうやら2023年内にすべりこんだ。
今回はとくにむずかし道則だった。
このことを知っていただくためには、
じゃっかん内情を記さなければならない。

正直なんといっても私が取り組んでいる言葉は、
文字になっているものだということだ。
それを歌にするのだから、多くの取りこぼしが生じる。
たとえば同音異義語は避けてとおれない。
前後の文脈からは察することができない場面によく出会う。
わたしはその場合、だいだいはそのまま歌う。
やまとことばなどに替えると意味だけは通じやすくなるケースでもだ。
詩人の文字としての選択に介入する勇気はない。
もし意味が通じにくい場合はそれで仕方がないとしている。
これが自分の書いたものなら、即座に変えているのだけれど、
安易な選択で取りこぼすものも少なからずあった。

そして歌として「歌いやすい」ものに仕上げるのも、
きわめて困難なことも多い。
その場合も歌いやすさを優先することは少ない。
譜割りをするときに、原作の文脈にはどうしてもならないことは、
少なからずある。
ある部分はたくさん言葉がつまっていたり、すかすかだったりもする。
もしそうやっても、その工夫ではまだ足らない場合もあるのだ。

さて、今回取り上げさせてもらった松尾真由美の話にしよう。
この人は同音異義語をあえて楽しんでいることが、なんと多いことか!
ご本人が愉しんでいるのなら、私が介入する必要などさらさらない。
しかも最終アンサーとしての文字表記を省く歌となり、
同音意味不明語として放られる運命をあゆむことになる。
もうしわけない。
と、誰に、何にあやまろうか。

こうまでしても、私は詩人たちの言葉からはなれられない。
歌が、とくにポピュラーソングがとりこぼしてきた
ゆたかな言葉になんとか接近したい。
2024年も自作詞をおりまぜながら、詩人のことばと戯れたい。
同行してくれる幸田くん、本田くん、ばくくんには感謝の念しかない。
しんも将来はいよいよ詩の密林深く引き連れていく所存だ。
                   及川記 2023年 師走
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