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紹楽寺(奥州三十三観音第1番札所)

奥州三十三観音霊場第1番目の札所は、宮城県名取市にある那智山紹楽寺(なちさんしょうがくじ)です。

本堂

宮城県名取市には、1番札所のほかに2、3、5番札所があります。

なお、奥州三十三観音専用の納経帳は第2番札所の秀麓齋さんで取り扱っているので、最初にそちらで納経帳をいただいてから参拝することをおすすめします。

紹楽寺は、紀州熊野三山から勧請した東北の熊野信仰の拠点である名取熊野三社の一つ、熊野那智神社が鎮座する高舘山の麓にあり、飛鳥時代に開山されたと伝わる古刹です。

応永20(1413)年に山形県山形市にある安養寺三世融真和尚が曹洞宗に改め開創しましたが、その後幾度か山火事にあい、西方200mほどのところから現在地に移転したと伝えられています。

紹楽寺までは少し狭い道を通ります。境内には駐車場が整備されています。

紹楽寺本堂には、紹楽寺の本尊である釈迦牟尼仏と御前仏の十一面観音菩薩が安置されています。

本堂前には、秘仏である十一面観音像を模した分霊像が建てられていました。

分霊像

御朱印は本堂横にある庫裏でいただきます。

観音堂は、高舘山の頂上近くにあり、紹楽寺からは少し離れています。

高舘山頂には熊野那智神社が鎮座しており、熊野那智神社付近に観音堂があるため、併せて参拝することをおすすめします(山頂付近まで車で登ることができます)。

観音堂は別名「高舘観音堂」とも呼ばれ、二間(3.6m)四面の江戸末期の建立と推定されるお堂で、本尊として十一面観音菩薩(作者、年代不明、秘仏)を安置しています。

観音堂

観音堂の創始は紹楽寺同様飛鳥時代で、用明天皇(在位585~587)の頃に七間(12.6m)四面の堂を建立し羽黒山物響寺と号したのに始まると伝えられています。

保安4(1123)年に名取老女旭が紀州那智観音をここに分霊勧請してからは、那智山物響寺と号するようになり、隆盛を誇ったものの、後に衰退し、紹楽寺に移管されました。

【ご詠歌】ふだらくの じょうどのはるを みちのくの なとりのやまに うつすみくまの

【宗派】曹洞宗

【本尊】十一面観音菩薩(紹楽寺…釈迦牟尼仏)

【所在地】宮城県名取市高舘吉田字西真坂17

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