見出し画像

「いい店ってなんだろう」

印象的な出来事は、入れ子方式だなと思った。
はじめは大局的に、そこまで自分と関係がないようなことから始まって、だんだんと直接的に関わりが近いところに焦点が絞られていく。
それは玉ねぎの皮を剥いているようでもあるし、マトリョーシカのようでもある。
コア(核もしくは仁)に向かっているのか、コアが向かってくるのか。
どちらにせよ、今、住んでいる「今帰仁」という地名はなかなかのメタファーだ。

先日、それを実感する出来事がおこった。
結論から言えば、「神かな」と思った。

数年前までしょっちゅういらしてくれていた常連さんと、ものすごく久しぶりに飲み屋でばったり遭遇した。
その常連さん(仮にAさんと呼ぶ)とは、たわいもない会話をさらりとするくらいで、いくつかの共通点はあるにせよ、あくまでも「お客さんと店員」という間柄だった。

「わぁーめちゃめちゃお久しぶりですねー。お元気でしたか?」と聞くと、ここ半年くらい調子がいまいちだったようで、ようやく最近回復したからこうして飲みに来れた、とのことだった。こんなふうによそで会うことはないので嬉しい偶然である。
わたしと夫はベンチシートに座ったので、ひとりで来ていたAさんに「もしよかったらご一緒しませんか?」と相席のお誘いをした。

すでに何杯か飲んでいたAさんはいつになく饒舌で、会話の内容も普段からいろんなことを考えては分析して、を反芻している確かさがあった。
「俺はこう思うんですよ。潤さんはどうですか!」と、どんどんこちらの内側にぐいっと飛び込んでくる無邪気さは、お誕生日をさりげなく聞いたときに「ああ、なるほど」と納得。
12星座ぶっちぎりの純度を誇る、牡羊座。

お互い何杯か飲んだ頃、Aさんは「実はねぇ」と切り出した。
それは、接客に対するクレームであった。
接客の矢面に立つ潤ちゃんは、その瞬間、サッと顔色が変わって、急に背筋を正した。
Aさんは嫌な想いをされて、そのせいであまり店に足が向かなくなったのだった。こちらに悪気がなかったにせよ、心あたりは痛烈にあった。
それから、Aさんと潤ちゃんは膝突き合わせた形で、「いい店ってなんだろう」という話を真剣に交わしていた。わたしも当事者のひとりであるけれど、ここは男同士で話したいんだな、という空気だったので、聞かれたことだけを話すに留めた。
飲んだのは、レッドアイ、ハイボール、お任せでつくってくれたグレープフルーツとクランベリーのテキーラベースのカクテル。
普段はもっぱらビールか白ワインなので、カクテルの非日常感は酔いもあって、ちょっと幻想みたいだった。


帰宅したのは午前2時。
ヘトヘトながら、わたしは人知れず興奮していた。
「やっぱすごいな神さまは!」と舌を巻いたのは、例えば、「食べログ」などの匿名のクレームや、漠然と☆ひとつとかじゃなくて、「直接、面と向かって」こういうことが起こるってことは、なんて直球(真っ当)な在り方なんだろう。
友だちだと馴れ合いになって気づかなかったり言いにくかったりするところを、Aさんが(お客さんだから見えること)教えてくれた。
そして、Aさんが思っているくらいだから、きっと他のお客さんのなかにも同じように感じた人はいるはず。で、それが引き金となってヒタヒタと不穏な気配に、(本人が気がつかないうちに)ってことも十分にあり得る。

無意識、無自覚、潜在的にやっていることは、盲点や死角だ。

店名の「波羅蜜(パラミツ)」は、沖縄のことばでジャックフルーツのことだけど、サンスクリット語では、「悟りに至るまでの過程」という意味もある。(あくまでも悟ってはいないのがポイント)

絶妙なタイミングかつ絶妙な配役で、「お客さまは神さまです」の真意はここにあったのか!、と痛感した。

さて、「いい店」ってなんだろう。「いい接客」とは。
マニュアルなどひとつもない、ぜんぶアドリブ!みたいなうちの店は、Aさんのような「天啓」にすくわれる。そして、試される。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?