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コミュニケーション〜相手を見るか?見ているものを見るか?
子供(3歳男児)との日常。
僕 トイレ行きな
彼 断固として行かず5分後、でちゃったー
彼 ご飯おかわりー
僕 もう食べられないでしょ?と言いつつも対応
彼 もういらない、と二口くらい食べてほぼ残す
些細なことにイラっとしてしまうことはしょっちゅうあります。もう毎日と言っていいくらい笑
こういう時、僕にとって望ましい行動だけ指示したり、僕が予想する最悪の結果を伝えたって、大抵当人たちに学びはないし、行動も変わらないんですね。
だから当人たちのやらない、やる理由に一緒に向き合う姿勢が大切だなと思う。
例えば、観たいテレビがあるからまだトイレに行きたくない
例えば、ふりかけが食べたかったからご飯がおかわりしたけど、おやつ食べたのが遅かったからいつもより入らなかった
ただ、この当人たちの理由や世界が、くっきり見えることは本当に稀です。
どうして?なんで?どうしたい?と聞いて出てくるものじゃない。純粋に言語化できないのもあるし、意志を邪魔されるという感情のブロックがかかるのもあるんだろうと思います。
ベースとしては相手を尊重する安全な場をつくること。焦りや正義など相手に押し付けようとすると簡単に圧がかかる。大きな声や相手の言葉を遮るなんていうのは論相当気をつけないといけません。
つまり心理的安全性の話なのですが、この辺りは本題とずれるのでまたの機会に。
相手に向き合うではなく、相手が見ているコトに向き合い続けて行くと心が開く(こともあるw)
人間ってむつかしいですね😅
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