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伊達双騎出陣を見た話

※2022年9月8日の記事です

伊達双騎出陣を見るために大坂に行ってきた。
大坂と言いつつ、泊ったのは京都だったので、大体京都にいて舞台を見るために移動して戻ってくる、という感じだったけど。
チケットが取れたのが二日間ともソワレで、そうなると観光するにしてもじっくりがっつり一日中京都で、というわけにはいかない。スポンサーがいる旅でもないので、できればタクシーは使いたくない。レンタサイクルを借りるには時間が微妙。結果馴染みの場所を一、二箇所回るだけを二日間続けてしまった。旅下手すぎでは?

伊達双騎に関しては、まだ評価に迷っている。
手放しにすごく良かった、とは言えないし、凄くつまらなかった、というわけでもない。
ノットフォーミーと言うほどでもなく、かと言ってすごく好みだった訳でもない。
私は、源氏双騎が刀ミュで1番美しい舞台だと思っているのだけど、そのせいで『双騎』というものに対して期待値をあげてしまったかな、と思う。
いや、期待値と言うとちょっと語弊がある。舞台のクオリティ自体はとても高かったのだ。ただ『私好みだろう』という思い込みがギャップをうんでしまったという方が正しい。
とにかくぶつ切りのエピソードがあらゆる要素でつながっていくので、俯瞰から見るとパッチワークみたい。高揚感はないけれど、思索はある感じ。
あと、岡宮来夢くんの鶴丸国永は、どんなに俗っぽいことをしていても決して猥雑にはならずに清いまま。それはとてもいいなと思った。
大倶利伽羅が不立文字で鶴丸になった瞬間ノータイムで淡々となぐりかかったのもとても良かった。根に持っている。鞘で殴らなかっただけ優しい。
二部衣装の装飾が面白かった。まっすぐに光を反射する。あれはスパンコールではなくて鏡だ。そういうものを襟に縫い付ける発想はなかった。眩しいし。
細く、白く、強い光は刀の反射光を思い出す。私は舞台の上で反射する刀に目を射られるのが好きだ。

伊達政宗の自筆の書状は一千通とも二千通とも言われているらしい。
書き残したから残っている。書き残さなかったら残らなかった。鶴丸はそれはすごいことだと言った。
紙こそ最強の記憶媒体だ。百年後、ネットに書き綴っているこの文章を読めるツールは恐らくない。でも紙は千年残り続ける。
時を経て、紙に残された彼の心や思いを、私たちは文字から受け取ることができる。それはとても不思議だ。

不立文字、と繰り返し唱えられ、体験によって刀剣男士たちは政宗の、人の心を知っていく。
それでも、彼らは「伊達政宗」ではない。
いくら真似て体験しても、限りなく近づくことができたとしても、完全に一致はしないのだ。
同時に、つづられた文字も彼のすべてではない。どんな形にせよ、アウトプットした段階で微妙に歪み、形を変えてしまう。それは今私が書いている文章でも同じことで、完全に私の内面と一致することはない。
それでも人は文字を、日記を、物語を綴る。
別に伊達政宗は自分を残そうとしたわけではないだろう。しかし、残さなければ残らなかった。残ったものから私たちは勝手にその人を読み解く。一方的な、そして埒外のコミュニケーション。
でも文字や手紙とはそういうものだ。私は私を完全に理解してほしくて文字を綴っているわけではない。なんだろう。コンクリートに残った猫の足跡みたいな。残されたものを見て勝手にこちらが思いを巡らせるもの。文字とはそういうものなんだと思う。そして、文字は残るのだ。

残りたいわけではない。理解してほしいわけではない。でも私は私の、いつかこの感情を受け取る私のために文字を残したいなと思った。
きっとそれは役に立たなくてもいい。もしかしたら私以外の誰かが受け取って勝手に私を解釈することもあるかもしれない。それもいい。
伊達双騎見て楽しかったな~でも私の好みドンピシャではなかったな~という気持ちも書き留めておかないと残らないのだ。

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