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「シュレディンガーの奈落暮らし」

吉祥寺のからっぽの劇場祭のプログラムのひとつである「奈落暮らし」ですが、以下の理由で、速やかに破綻しました。

・チーフ・キュレーターの仕事の都合上、やむを得ず奈落から出る必要のある日がある(コロナ禍ということもあり、リモートでチーフ・キュレーターをやれないかと考えていたのですが、結論として全然無理でした)
・額田大志構成・演出『Play from someone(nice sound!)』の稽古の都合上、やむを得ず奈落から出る必要のある日がある(スケジュールの都合上、裏で「からっぽの中身ツアー」が走っている日もあるので、奈落で稽古をするのは現実的ではありません)
過労のため劇場に行けなかった日がある(これはただの自業自得でした)

というわけで、「奈落で暮らせる日」と「奈落で暮らせない日」が発生することになりました。一瞬、30分だけ奈落に入って「ハイ、暮らしましたー」と言い張る、という邪念も浮かびましたが、流石にみなさまに誠実ではないだろうと思い、以下のプログラムに変更することにしました。

プログラム「シュレディンガーの奈落暮らし」
・任意の8日間、吉祥寺シアターの奈落で暮らし、実際に起きた出来事の日誌と記録映像レビューを執筆する。
・任意の8日間、奈落では暮らさず、架空で起きた出来事の想像と記録映像レビューを執筆する。(記録映像レビュー自体は、すべて誠実に作品と向き合い、執筆いたします。)

現在発表している「奈落暮らし」の中にはすでに、私が想像で書いたものを紛れ込ませています。16日間の「奈落暮らし」が発表されたとき、ちょうど半分が本当、半分が想像、という状態になります。もしお暇があれば、丁寧に読んでみましょう。何か見破るヒントが隠されているかもしれません(例えば食べたものの日々の記録は、奈落で暮らしている時の記述は正確ですが、想像の記述は完全に嘘をついています)。そして、どの8日間が奈落で暮らしていた日に書かれたもので、どの8日間が想像で書かれたものなのか、慎重な目で見つめて、考えてみてください。

プログラムをこのようにしたのは、中止にするのを避けたかったというのもありますが、下記のようなことを憂えていたからでもありました。

私はなるべく人と会わない生活を続けています。コミュニケーションの9割以上はオンラインになりました。zoomは少し疲れるので毎日やるようなものではなく、ほとんどのコミュニケーションはLINEやTwitter、稀にMessengerに集約されます。
ところで私は劇作家です。劇作家には、いろいろな側面がありますが、信じそうになる嘘を想像する(創造する)職業、とも言えます。僕は嘘をつく時にかなり顔に出やすいタイプなので(ポーカーとかはとても弱いです)実際に人前で喋ると嘘をつく瞬間が簡単にバレてしまいますが、言葉のみのコミュニケーションでは、その限りではありません。
仕事の延期や中止にヘコんで全く起き上がれない日に、絶妙のタイミングで飛び込んで来た友人からのLINE。「特に連絡した理由はないんだけど、どうしてるかなって。大丈夫?」という胸に沁みる言葉に、全く大丈夫じゃないにも関わらず「ありがとう!大丈夫」と返しても、私の姿は友人に見えていませんから、この嘘を見破れるはずがないのです。...といういい話っぽいやつ、途中で嫌な予感がした方も一定数いるかと思いますが、そうです、これも未来の想像(創造)なわけです。そういう友人が欲しいです。ちなみにこれは本当です。私は職業柄、人々が信じそうになる嘘を十年、考えてきました。だからこそ、この状況には危機感を持っています。政治家の曖昧な記者会見、意見が正反対の新聞、差別に反対する表明を大々的にしていたひとが裏でこっそり行っていた目を覆うような差別、結局のところ新型コロナウィルス関連の正しい情報はどれなのか...挙げればキリがありませんが、どれが嘘でどれが本当なのかを見分けることは極めて難しいです。人々が信じそうになる嘘を想像する(創造する)こと自体は、そこまで難しいわけではないからです。その結果、考えることに疲れて「とにかく情報を鵜呑みにするひと(フェイクニュースを頑なに本当だと言って譲らない、とか)」と「なんでもかんでも陰謀だというひと(コロナはただの風邪、とか)」がだんだん増えています。疲れる気持ちはよくわかりますが、私たちはやはり、慎重さを保って、目の前の言葉を吟味し、言葉の向こう側にあるものを、想像し続けなければなりません。
それではみなさま、大変な夏になりそうですが、それでも、良い夏をお過ごし下さい。ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。この気持ちは嘘ではありません。

これから奈落に入ります。
これが嘘かどうかは、みなさまの想像にお任せいたします。

2020年8月4日(火)
吉祥寺からっぽの劇場祭
チーフ・キュレーター
綾門優季

いただいたサポートは会期中、劇場内に設置された賽銭箱に奉納されます。