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にしなり!六話(完結)「到達点」

 私は日暮そのひ、いや日野朝日はもう西成にいることに対して限界を感じてきました。 
肉声がニュースで放送されて以来、私はなるべくひまわりさんみたいな日雇いの知り合いがいないような現場を選んでは毎日労働していますがそれでも具体的には決めていなくても海外逃亡の為に資金を稼がないと!とは言えプランは全く考えていませんけど…

なんて思っていたらおおよその目標資金達成近くでついに疲労が祟って現場で倒れてしまい、情けないことに高熱を出して動けなくなってしまいました。

くらし「最近休まずに働いてるからや、ほれあーんせい」
本名で呼ばれたような気がしたあの日以来、外出が増えてそわそわした様子はあれど西成に逃げてきた初対面の私を支えてくれてきたくらしさんと離れるのは何だか心寂しいものはありますがそんな恩人を巻き込むわけにはいきません。
小さく口を開いた私は食べさせてもらうつもりだったけど目が悪いくらしさんにとっては大変みたいで12回ぐらい頬に熱いお粥が当たったので結局は自分で食べた。

「なぁ…どうしたんや最近働き詰めで」
「じ、実はいつもお世話になっているくらしさんにたまには贅沢させてあげたいなぁ~って思って…」
これは嘘ではない。お世話になった分、お礼としては足りないだろうけど少しでも多くの資金を残して去りたい故の本心ではある。
「なぁに抜かしとるんや、ウチはそのひちゃんがいるだけでもう贅沢モンやわぁ」
相変わらず私をからかうところは変わらないようだが気を使ってくれる瞳で見つめてくるが多分あまり見えていないだろう。方向は別だったがその顔がどこか愛おしくて何故だか名残惜しい気持ちになってしまう。

まずもしも私がここに滞在していたことが判明した時に最初に迷惑を被るのはくらしさんだろう。私なんかを匿ったことで捕まってしまう前に逃げてしまいたい。次は…ひまわりさんだろうか。
今後会うことはないだろうけどしばらくお世話になっていたし彼女も危ないかもしれない。
高熱の頭では思考がどうしてもおかしくなってしまう。逃亡の準備をしていた頃よりも冷静に考えられない。

「なぁどうしたんや、思い詰めたような顔して…」
「えっ!?」
思わず悲鳴を上げてしまったがそれに対してくらしさんは笑っていた。
「ふふっ。困ったことがあんならいつでもウチを頼ってくれていいんやで」
「その…義足が倒れてきて重いです」
「へ?」
「そういえば今まで『義足なんて面倒で履きとうない』なんて言っといてなんで病院行ってリハビリ受けるようになったんですか」
「こ、心変わりってもんや…わはは…でもほぼもう杖なしでも歩けるようなったで!」
「そうですか…」

その夜、熱が引いた私は短い間ではあったが思い出深い西成を一刻も早く去ることにした。
目標金額ギリギリだったなぁと思いながらも彼女は札束を置き、今まで住んでいたドヤに感謝しながら出ていった。

深夜、少し走って小道に入るとそこにはなんと義足を履いたくらしさんが先回りして電柱に足をかけて通せんぼしてきた。

くらし「なんや、初めて会った時みたいな驚きしよって」
そのひ「え?え?な、な、何でいるんですか…?」
「何となくやが今日逃げると思ってたで。なぁそのひちゃん、ウチのこと嫌いにでもなったんか?」
「ち、違います…寧ろ別れるのが寂しいくらいです…」
「じゃあ何で逃げおる?」
「そ、それは…私が指名手配犯の日野朝日だからです!」


ついに言ってしまった。だがこれでよかったのかもしれない。
何故逃げたかったのか、私でも分かっていなかったが逮捕だけは何となく嫌だったからだろうか…もうおしまいだ。私が心の中ではもう降参しかけたその時、くらしさんは私を抱きしめてきた。
「そんなの関係あらへん!ウチ、そのひちゃんのことが好きや!」
「え…」
「最初は優しゅうしときゃええ思いが出来るって損得だけの気持ちでクソ狭いドヤ住まわせたんやけどウチの気持ちが好きに変化した上に我慢できなくなって…だからそのひちゃん、ここから逃げるのはええがあんた…いや『そのひ』を愛した女が一人いたってことだけは覚えといてくれや」

あぁ、今日くらしさんに感じていた寂しさは『好き』という感情だったのだろう。私は思わぬ告白に対して彼女を巻き込んでは絶対にいけないとは分かっていたが今後も一人孤独に逃げていくことが急に耐えられなくなった。

「あの…よかったら、いや、くらしさんも私と国外逃亡しちゃいましょうよ」
「へっ…?!」
思わぬ返事だったのかくらしさんの顔は真っ赤だった。怒らせてしまったのだろうか。
「ええけど…どこの国や」
「あ、とりあえず犯罪人引渡し条約が無くて逃亡上手くいきそうな国行きたいなってこと以外考えていませんでした…」
「はぁー?!嘘やろ!そんな甘っちょろい計画だけで国外逃亡しようとしてたんか?」
「はい…」
「ほんまアホタレやな!よう今まで捕まらんかったな自分!悪運だけでやってけると思うなや!」
くらしさんが私に対して本気で怒っているところ、初めて見たかもしれない。

「一応聞いとくがパスポートはどうすんや?」
「あ!!!!考えてなかった…」
「アホかぁ!ホンマそんなんで逃げてこれたもんやな!…なんてな。そう思ってツテで偽造パスポート作らせたといたんや、これで2ヶ月前に旅行行って無事に帰ってきたやつをウチは知っとる」
くらしさんは誇らしげな顔でどこから調達したのか分からない偽造パスポート2枚分を見せびらかす。
「ウチ、昔の知り合いで恩着せとった奴がフィリピンにおるんやけど一緒行くか?」
「はい!」

午前5時
某空港
そのひ「いやぁ…くらしさんにはお世話になってばかりで本当に不甲斐ない…」
くらし「まぁでもあっちの時点でウチがいなきゃ捕まってたやろしえぇよ。ただあんま計画練らないのは流石にアホ思っとったけどかわいい無罪にしといたる」
「いやそれはもう本当に反省しましたって!」
「それよかウチの告白、ホンマにオッケーしてくれたんよな?」
「…しなかったらあの場で一緒に行こうなんていいませんでしたよ」
「そのひちゃん…やっぱ好きやわ!」
またくらしさんが抱きしめてこようとしたが腕時計を見るともうすぐフライトの時間だったので避けると可愛くむくれていた。

「もう知ってます。それより早く行かないと…」
「あ、せやったな。…そのひちゃんウチのこと好き?」
「恥ずかしいから何度も言わせないでくださいよ…」 「今日はこれで終わりしといたるから!」
「…好きです」



西成、某工事現場にて

ひまわり「ようやく休憩やわぁ~」
彼女は日雇い仲間達と昼食を取っていた。
日雇いA「そういやあの前髪見ないね、死んだかな?」
ひまわりは空を見上げながらへらへらと笑った。
「元気でやってると思うで」
ひまわりが見つめた先には飛行機雲が浮かんでいた。


中編完結させられたの初めてかもしれない。最初は西成エアプだから設定だけ考えてたのを公開したけど『面白そう』的なこと言われたので書いてみたら思ったより筆が進みました。
作品自体は6月時点でもう完成させてましたが毎月更新ノルマを達成するために公開を意図的に遅らせてました(クズ)

せっかくなので感想、批評コメント書き込んでください
多分あんま読んでる人いなさそうだけど

高いよ