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禍話リライト こいのぼりのうち

 ある廃団地にホームレスが住み着いているという噂がまことしやかに囁かれていました。廃団地は団地と言っても、鉄筋コンクリート造りの四階建てが四棟あるだけの小規模ななものです。ホームレスが侵入する姿を目撃した人はいないのですが、部屋のどこからか中年の男の声で童謡「こいのぼり」が聞こえてくるというのです。しかも冒頭部の「屋根より高いこいのぼり」の部分を繰り返し小さな声で口ずさんでおり、それが時々風に乗って聞こえてくる。その歌声がどの棟の何階から聞こえてくるかは、その時々で違っていたそうです。
 廃団地にホームレスが住み着いているのは間違いない、もしかした二人以上いるのかもしれない、あまりにも不気味なので周辺住民がある日警察に通報しました。通報を受けた警察は警察官を数人調査に寄越しましたが、何も発見されませんでした。というより警察は「いや、ここは、まあ、そういうところですので」とかなんとか、明らかにごまかしてさっさと帰ってしまったのです。不気味なことには変わりありませんから、廃団地に入る人影を見ただとか、「こいのぼり」がいつもより大きく聞こえたとか、そういう時に懲りずに通報するのですが、警察は一通り調査をして、「何もありませんでしたよ」と報告して去っていくだけなので、周辺住民も次第に諦めるようになりました。

 こうして胆試しにうってつけのスポットが残されたのでした。
「じゃあ、乗り込むか」
 地元愛に溢れたヤンキーグループは廃団地に乗り込むことを決意しました。胆試しに行くのではありませんでした。義憤に駆られてホームレス退治に乗り出したのです。
「廃団地にホームレスがこっそり住み込んで周辺住民を怖がらせている。なのに警察は役に立たない。だったら俺たちがやるしかないじゃないか!なあ!そうだろ!」
 話はすぐにまとまりました。ヤンキーたちがまず最初に行ったのはホームセンターで武器を買い揃えることでした。武器といっても金属バットを人数分、一緒に買った油性ペンで一本ずつ番号を振る気合の入れようでした。懐中電灯も買い揃えました。
 グループの中には女子も数名混じっていました。彼女たちは当然金属バットなぞ持とうとしませんでしたから、リーダー格の男と後二人ほどが、金属バットを二本持って殴り込む具合になりました。
 ヤンキーグループは三台の車に分乗して目的地を目指しました。金属バットがちょっと邪魔に感じられましたが、彼らは無事目的地に到着し、リーダー格の男の周辺に集まりました。その男はグループを三つに分け、それぞれの棟に向かわせ、残りの一棟は「あそこは俺がやる」と言い残して奥へと消えていきました。
 とはいえグループ内にも温度差があって、特に一組のカップルは怖がるでもなく、いちゃつく一方でした。彼らは右端の棟へと他の人たちと入っていきましが、ろくに調査もせずに地べた(タイルが敷いてありました)に座り込んでおしゃべりを続けていました。
 一通り調査を終えて、左端とその横の棟から数人出てきて、廃団地前に集合しました。「何もなかったけど、あいつらとリーダーはまだか」

 二本の金属バットと懐中電灯で武装したリーダーはまず四階まで上りました。上から潰す作戦です。四階から始めて三階、二階と廻り終えた、その時です。中年の男の声で聴き覚えのあるメロディーが上の方から聞こえてきたのです。
「え?何で?」
 三階にも四階にも誰もいないことは確認済みだったからです。リーダーはさらにおかしなことに気付きました。噂によれば「こいのぼり」の冒頭部が繰り返されるはずでした。しかし、今、リーダーの耳に聴こえてくるのは「小さい緋鯉はこどもたち」の部分なのでした。
 リーダーは声のする四階まで駆け上り402号室の扉を開けました。真っ暗闇の中、声のする方へ慎重に進んで行きました。リーダーは「あれ?」と再び疑問に捕らわれました。確かに中年男の声がする。でも、声がするのが壁の向こう側なのです。壁の向こう側には何もない。それは外側から確認済みです。「歌ってるやつはどこにいるんだ?」
 「小さい緋鯉はこどもたち」
 リーダーは中年男の「こいのぼり」を繰り返し耳にしていましたが、突然はっ、と勘付きました。冷や汗が止まらなくなりませんでした。「あそこからちょうどあいつらが見える。」あいつら、とはグループ内カップルのことです。カップルは男女共に小柄で、確かに見た目は幼く見える。「小さい緋鯉はこどもたち」ってのは、その二人を指して言っているのではないか。ゾッとしたリーダーは金属バットを投げ捨て、懐中電灯だけを手にして、飛ぶように階段を駆け下りました。「やばい!あれはやばい!」
 一階に到着すると、すぐさまたむろっている仲間たちのところへ突っ込みました。「あの二人はまだ中にいるのか!」「そうみたいだよ。まだ出てこない」「何してんだよ!全く。さっさと引き上げるぞ!」「何があったの?」「おっさんがいたんだよ!「こいのぼり」歌ってるおっさんが出たんだ!いいからさっさと車に乗れ!」悲鳴をあげる連中を後にして、リーダーはカップルたちのいる棟へ向かいました。棟の入り口でリーダーは声を張り上げました。「早く帰るぞ!やばいやつがいるから!」男のほうが「え?何?びっくりした。帰るの!」「いいから早く空いてる車に乗れって!」

 ヤンキーグループは無事縄張りへと帰還を果たしましたが、金属バットと懐中電灯は放置されました。後々、通りがかった周辺住人が散らばった金属バット(なぜか数字が振ってある)を目撃して、知り合いに話した結果、噂はたちまち広まって「こいのぼりのうち」は「金属バットのうち」に上書きされて未だに語り伝えられているそうです。ホームレスが住み着いているかどうかは未だに不明なままだそうです。
 そんな話を聞きました。

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