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死から目を背けて

(2021.7.27)

金華山島では春になると、季節の変わり目を越せなかった鹿の屍があちこちに転がり、腐敗して強烈な屍臭を漂わせていたりする。私はそれらを見るのが嫌で、山中を歩くときには死体を避けるようにして歩いていた。

しかし、私の師匠は違った。研究材料として腐った鹿の頭を切り取り、骨格標本を作るために持ち帰ったりしていた(土中に埋めて小動物に腐肉を食べさせる)。

そして、そうした作業を嫌がって逃げる私に「フィールドワークでは苦手を作ってはいかんのや」と言い、諭していた。そのように私が我慢できなかったというのは、論理を考える力の有無や経済的事情とは別に、私が自然科学から離れようとした理由のひとつだったのだろう。

人間社会でも司法の執行機関や医療の関係者は、任務の中で日常的に人の生死を見届けている。死後に時間が経過した人体を見ることだってあるに違いない。

死から目を背けて自然界の上澄みだけを愛好しようとする私には、ときどき野外の現実を突きつけられるときがある。全き自然界への理解から、いつまで逃げ続けるつもりなのかと。

後悔はしていない。だけど、いつかは決着を迫られる対決の予感として、それは今もそこにある。

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