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いのちの速さ

某国の熱帯雨林で,現地の大学と協力して霊長類の調査をしている研究者がいた。かつて,その拠点を訪れて数日を過ごした友人から聞いた話。

‥‥キャンプ近くの樹の葉についた蝶のサナギが羽化しそうになっているのを見つけた後、ここからどんな美麗な蝶が出てくるのだろうと、早朝に灯りを点けて皆で見ていたという。

割れたサナギの背からは徐々に蝶が姿を表し,縮んでいた羽根が伸び上がってきた。殻を脱ぎ捨た姿は予想通りに美しい。
やがて全体の姿が露わになった蝶は,大きな羽根をゆっくりと開閉していた。

柔らかだった羽根が伸びきって固まったとき、その蝶は密林の天蓋に向かって飛び上がった。

と、その瞬間。飛来した鳥が、一瞬のうちに蝶を咥えて飛び去っていったそうだ。

一緒に観察していた現地の大学教授はこう言ったという。
「なんてインスタントなんだ」と。

その教授に依れば,密林の中に生きるものは蝶に限らず,すべてインスタントな生を送っているという。
人間もすぐ成人し,性徴期を迎えるとすぐ性交し,子供を産み,そしてすぐ死んでいくと。

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熱帯地方では気温が高く,生き物の代謝は活発であり有機物の分解も早いと聞く。極地や高山の動物や樹木がゆっくり育ち,身体は大きくなり,地層には未分解の腐植が堆積したりするのとは大きい違いだ。

個体の寿命が短く,世代の回転が速いのなら,個の充実よりも血縁集団や氏族の存続こそが大事だという考えに傾くだろう。
対して,皆が長命ならば,各々がいかに経験や知識を蓄えて,大きく壮大な業績を築くかに意識が集中するだろう。
その違いは,個体群生態学の学者が理論化したK戦略とr戦略の差にも喩えられる。

とはいえ,今,ここでこの時を生きる者のうちには,短い命なら早く子を儲け,たくさんの家族や親戚に囲まれて過ごしたいと望む者がいる一方で、短い命ならばと,限られた時間を最大限に活かして眩く輝き,彗星のように駆け抜けようとする者もいる。
蝶ならぬ私たちの命は、全て私たちの選択のなかにあるのだ。

あ、実際に自分が望むような生き方ができるかどうかは、また別。

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