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暴君のステロタイプの形成過程として『イヴァン雷帝』を読む。

このnoteは私信やらなんやらが現状一切ない、殆ど無い記事で構成されているが、この数日それだけじゃ味気ないかなぁ、などと思い、何か他に書きたくなる企画がないか考えていた。

が、今のところ、どうも他に思い当たるものがない。私は余りプライベート色の強い話をネットではしない。まぁTwitterを見ていれば、概ね伝わるだろう。その程度で満足している。

いっそ突き抜けて蔵書紹介記事ばっかり何十と書いてみようか、とだんだん開き直ってきた次第。どうか記事を読む方の興味を満たせますように。

というわけで、今日紹介したいのは伝記である。

アンリ・トロワイヤ著 工藤庸子訳『イヴァン雷帝』(中央公論社)

fate/grandorder というソーシャルゲームがある。古今東西の偉人・英雄を呼び出して冒険する、まぁ知ってる人が多いだろうから深くは説明しないアレだ。

私も一時期やっていたのだが、諸般の事情で現在は引退している。が、妹が絶賛プレイ中ということで定期的に情報だけは齧っている。

このご時世、キャラものはキチンと把握しておかないと話にもならない。

そういうわけで、この本を手に取った経緯はまさにこのゲームに同名のキャラクターが登場していることを知っていたことに由来する。
ちなみに同様の理由で「シュヴァリエ・デオン」の伝記、「シバの女王」の遺跡探求本なども同時に購入している。

デオンの方は読了しているのでいずれ紹介したい。


さて、本書の作者H・トロワイヤ氏(仏人ゆえ)はロシアの偉人の伝記を多数書かれているようで、日本語訳されていないものも多いようだ。
かなり晩年まで精力的に筆を執られていたようで、かくありたいものだ。

『雷帝』ことイヴァン四世の誕生、そして死ぬまでを追った本書は、流石に体裁が古い。なにせ83年の発行だ。
が、逆に言うと本書に書かれているような描写のイメージこそ、キャラクターとしてのイヴァンを確立させ膾炙せしめている最もなるものである。

そのディティールを細かに追うのは楽しいものだ。
ただ、イヴァン四世当時のロシア(個人的には当時はまだルーシと呼びたいし、作中でもいくつかの箇所でそう呼ばれている)の置かれている文化的、経済的、政治的状況を捕まえて読めるか否か、というところに、読み手の努力が求められている本ではある。

イカロス出版の『MC☆あくしず』誌上で連載されている速水螺旋人氏の『ロジーナ年代記』などを熟読されている方であれば比較的容易く読めることと思う。

イヴァン雷帝は、まさに絵にかいたような『暴君』である。戦争のために民草からヒト・モノ・カネを無尽蔵に吸い上げる。抵抗する勢力や個人は敵味方の区別なく暴力を加え、あまつさえ長年の忠臣でさえ粛清の対象にする。

では彼に慈悲や愛がなかったのかというとそうではない。少なくとも当人はそう考えていた、という。
これは古今東西の暴君や独裁者がそうであるように、慈愛をもって彼らは支配する民を見ているのだ。
しかしそれは、当然ながら、対等な愛ではない。
支配こそが愛であり、支配であるからこそ、暴力が伴うのだ。

本書の後書きに、イヴァンこそ「ロシア」という領域概念を提唱した最初の統治者である、という考えが示されている。勿論、当時の概念の延長上の話であり、近代以降の国家概念とは異なる。

が、その後の歴史において「ロシア」という領域にある国の統治者が何をしてきたかを思えば、これはなかなか意味深長である。

元来、作者はアルメニア系ロシア人としてモスクワに生まれ、ロシア革命によってフランスに移住したという経歴だというから、彼がロシア人の伝記を書き続けたのもなにやら思うところがあったのだろう。

筆を執るものの動機に思いを馳せる。何せ死ぬまで新鮮な筆を持っていたというのだから。

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