事実と真正面から向き合うこと

最近、芸能人や一般の人による政治的発言を目にする機会が多くなった。これはインターネットの普及やSNSの発達が多くの人に発言の場を与えた結果である。私自身も会ったことのない人々の意見や考えを読める機会が増え、興味深く拝見している。今まで全く知らなかったことや様々な立場による意見があり、大きく感銘をうける一方、感情的かつ暴力的な意見を述べる人もいた。彼らがどのような意見を持とうが個人の自由なので大きくは問題ないのだが、自分たちがそのような人達とどう付き合うかについては考えていく必要があると思う。

感情的で暴力的な意見を述べる人に見られる2つのタイプ

感情的で暴力的な意見を述べる人には、何がなんでも攻撃をしたがる脊髄反射タイプと、冷静に思考しているように見えて支離滅裂になってしまっているインテリもどきタイプがあるように感じる。

脊髄反射タイプ
脊髄反射タイプは、とにかく嫌いなものや人に対して根拠を示すことなく否定の言葉や暴言を浴びせる。彼らは自分と同意見の人に対しては無条件で肯定的で、異なる意見についてはまるで目に入って来ないかのような反応を示す。文面から溢れ出る違和感に注意すれば容易に見分けることができる。
インテリもどきタイプ
注意が必要なのはこちらのインテリもどきタイプである。彼らはエビデンスを提示し、データ分析に基づく論理的な考えを持ってるかのような態度を示してくる。しかし蓋を開けてみると自分の考えに都合の良いデータを切り出しているパターンが多く見られる。例えば、政権批判などで「○○政権下でこんなにも状況が悪化した」とデータを提示しつつもその前政権に関するデータは一切提示しない。逆に彼らに対して前政権におけるデータを提示してみると、先の脊髄反射タイプと同様に知らん顔をして、別な場所で同様の批判を続けていく。

いずれのタイプについても共通なのは、世の中の状況を改善する気が微塵もないということである。彼らの中では断固として変わることのない意見があり、賛同する人同士で仲良くしたいがために共通の敵に対し感情的で暴力な言葉を浴びせるのである。

知的レベルを上げるために

彼らの言動を参考にし、自分も行動を改めなければならないと強く感じた。私自身も直感的に正しいと感じたことに対して、それを否定するデータを見ないようにすることがある。特に自分の意見に否定的なデータが少ないとつい無かったことにしてしまう。これは非常に危険であり、真実を見抜く力を衰えさせてしまう癖だと認識している。とはいえ人間である以上、何かに対し直感的に反応してしまうことはあるものだ。その際、重要なのは事実を最優先させるという意識だと思う。感情が落ち着くまで意見を発さず、冷静になったところで両サイドの意見やデータを参照する。そして自分の意見を述べる。自分が見落としていたデータや意見について外部から指摘があった時は、すぐに省みることができるような心の準備をしていることも重要だ。

世の中の賢いとされている人はこれらのサイクルをきっと爆速でこなしているのだと思う。だから様々な問題に対し、論理的で矛盾のない意見を述べることができるのだろう。彼らのようなスピードでは難しいにしても、このサイクルを回すことは誰にでもできる筈だ。重要なのは事実と真摯に向き合うこと。これが特殊な能力を必要とすることなく知的レベルを上げることにつながる習慣だと思う。

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