見出し画像

ある人にとっては最高の日、ある人にとっては世界の終わり、またある人にとってはただの一日

両親や弟にとっては晴天の霹靂だったかもしれない、去年末の絶縁だが、私にとっては長く長く悩んできた末の決断だった(彼らは忘れてもう楽しくやっているだろうけれども)。
あの日、雨上がりの、もわっとした空気を覚えている。十二月なのに気温はわりと高く、私の気分を表したかのような黒いダウンコートは暑かった。
絶縁にあたってずっと相談していた遠い親戚に、電話しながら二駅分歩いた。ついにやってやったという高揚にも似た気持ちと、ここまで絶望的に分かり合えなかったという現実と。
急におなかが空いて、近くのファミレスに入り、サラダとドリアを食べたあの日のことを、私は一生忘れない。

そんな私にとっての一大事なぞ軽く吹き飛ばすような災害が、年始に起きた。悲劇は大小じゃないと思うけど、自分の悩みなんて本当にちっぽけなものだ。
四十ともなれば、みんな色々ある。友人にもヘビーな悩みと現実があり、それでも生活は止められない。人間は、食べて寝て働かないと生きられない。髪も伸びるし、体を洗わないと汚くなる。

いつの間にかコートはいらなくなっているし、桜はあっという間に散っていく。
進んでいないようで、何もかもが変わっていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?