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嵯峨治彦 / 『小町風伝』 出演者コメント

馬頭琴はモンゴルの伝統的な擦弦楽器で、弓も弦も馬のしっぽの毛を束ねて作ります。遊牧民の少年が愛馬の死を悼んで馬頭琴を作ったという民話は、絵本「スーホの白い馬」(赤羽末吉・大塚勇三福音館 1961)や国語の教科書などで、日本でもおなじみです。

 実際の起源については諸説あるようですが、喉歌デュオ「タルバガン」の相方・等々力さんの研究によれば、モンゴル地域に擦弦楽器が現れるのは13世紀(元の時代)で、さらに「ヒル(弦の意)」や「イケル」と呼ばれる台形胴で革張りの擦弦楽器が文献に現れるのは20世紀初頭からのようですから(等々力政彦「内モンゴル敖漢旗喇嘛溝の遼墓壁画に認められる、台形胴の長頸リュートについて」真宗総合研究所研究紀要第31号 2012)、馬頭琴の誕生は13〜19世紀の間ということになるでしょう。

 今日よく舞台で演奏されている「馬頭琴」に限って言えば、モンゴル人民共和国で1960年代以降に、ヒルやイケルにチェロの構造を導入して生み出されたもののようです。南モンゴル(いわゆる内モンゴルじち区)でもほぼ同時期に馬頭琴の大幅な改良がなされました。「馬頭琴」(現地では morinkhuur)という名称が普及したのもこの時期で、西洋音楽が急速に導入されて伝統音楽そのものに大きな変化がもたらされたまま現代に至ります。

 伝統楽器は「長い歴史」がアピールされがちで、馬頭琴の持つこの「新しい」一面についてはあまり触れられることがないのですが(国家機密?)、実はこの「新しさ」にはモンゴル民族の近代史が垣間見えるのです。

 かつての大帝国も、近代においてはソ連と中国(そして戦前は満洲国も)の間に位置するという地政学的にかなり厳しい状況。(ちなみに満洲国は南モンゴルにチンギスハーン廟を建設するのですが、この時壁画制作を依頼されたのが赤羽末吉さんで、当時現地で撮影した写真資料は「スーホ」の絵に活かされています。)第2次大戦後、モンゴル国ではソ連が、南モンゴルでは中国が、かなり強引に(伝統文化の担い手たちの粛清をも伴って)文化に介入したのです。

 こうした時代の変化や、巨大な権力の横暴に対して、巧みに折り合いをつけながら音楽の伝統を絶やさなかったモンゴルの先人たちの苦労が偲ばれます。そして、この強靭さは、明治維新や大戦の時代を超えて受け継がれた日本の様々な伝統文化とも相通ずるところがあるかもしれません。

 さて、「小町風伝」。

 今回のきたまりさんバージョンは、恩師の太田省吾さんが能の「卒都婆小町」をベースに創作して能舞台で上演された演劇作品に基づいています。「100年の歴史を持つ近代の演劇」を「600年以上の歴史を持つ能」と対峙させるために、台詞を発話しない「無言」という新たな表現に到達した記念碑的作品だそうです。そして、その能もまた、より古い時代に大陸から日本に伝わってきた芸能が、形を変え洗練されて日本で確立された伝統芸能です。この一連の流れには、伝わり、変化し、生まれ変わっていく極東の島国文化の生命力のようなものを感じます。

 オリジナル版の音楽は、 台本でさまざまな楽曲が(当時の流行歌からクラシックまで)指定されていて、中には再生速度を変更するなど、舞台上の時間感覚が変化するような興味深い仕掛けもあります。
 それに対して、きたまりさんバージョンでは、原作を大胆に解釈して作られたオリジナル楽曲の数々が、舞台上で生で演奏されます。登場する様々な民族楽器と歌声は日本に伝来した時期もバラバラで、歴史的な「時間差」を伴う不思議な共演によって、舞台上の時間感覚がやはり歪んでいくかもしれません。

 ちなみに馬頭琴が日本に伝来したのは、「日本人が弾き始めた」という意味では前世紀末~30年ぐらい前というシンザンものです。実は、その700年ほど昔~観阿弥・世阿弥が活躍していた時代の少し前に、馬頭琴が日本に伝来しうる機会が2度もあったのですが、どちらも鎌倉武士の奮闘と台風に阻まれてしまいました・・・。今回の演奏では、もしその時伝来していたら?というやや不穏な世界線も妄想しつつ、師ヨンドン・ネルグイさんに教わったゴビ地域の古い馬頭琴奏法を、西洋音楽の影響を迂回しながら和の世界に結びつけてみよう等と企んでいます。

 いざ能舞台へ!馬子にも衣裳で、私はデール(モンゴルの民族衣装)に白足袋の出で立ちで、張り切って参加させていただき馬す。 どうぞお楽しみに!

嵯峨治彦【馬頭琴】

馬頭琴と喉歌(一人二重唱)を演奏。Y.ネルグイ(モンゴル国第一文化功労者)から後継指名を受け伝統音楽の継承に取組む一方、異分野とのコラボレーションも精力的に行っている。ダンサーとの共演も多く竹内実花「草を刈る月」、櫻井幸絵・平原慎太郎演出「地獄変」、山田せつ子ナビゲート「シアターZOOダンスクリエーション」、石井則仁「がらんどうの庭」、東海林靖志・嵯峨孝子(サンドアート)「砂に舞う」、きたまり演出「棲家」、平原慎太郎・大森弥子「よるねよるこいよる」ほかで音楽を担当。


公演情報⏩ きたまり / KIKIKIKIKIKI『小町風伝』
2024年11月2日(土)3日(日) 両日とも17:00開演
会場:大江能楽堂
チケット発売中!! https://teket.jp/10554/36313    
公演詳細はWebページサイトからご覧ください。 ki6dance.jimdofree.com/

デザイン:升田学

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