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『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』

(ざっくりサマリー)
・エピソード的な経済事象でも経済学的に分析解明をしうる
・既存企業にはアドバンテージがあるものの、既存事業との共喰いが発生するためイノベーターのジレンマが起こる

(読んで欲しい人)
大学生。近代的な学問の理論がどう現実社会に適応しうるのかを丁寧なプロセスを追って実感できるので学ぶモチベーションが上がります。経済学専攻(予定)または興味があるなら1年生でも読めます。それ以外の人は、2〜3年生で既に何かしらの学問の概論に一通り触れている方が良いでしょう。
また、学問と現実社会をリンクさせられずに大学を出てしまった社会人は必読でしょう。

(エッセイ)
クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』(私はこの本を読んだ時点で原書に当たっていません)はエピソードと表層的な数字を提示し、恐らくイノベーターのジレンマはあるのだろう、と直感的に理解できる内容であり、本書はこれを直感的にではなく実証分析により確かめようと試みています。

まず、イノベーターのジレンマに関わる要素として、新製品が旧製品を代替してしまう「共喰い」、新参企業が追いついてくる前に引き離す「抜け駆け」、既存企業と新参企業の間の「能力格差」を抽出します。次に、対照実験等の分析ツールを用いて前述の3要素が寄与度を数値化し、イノベーターのジレンマは既存事業は能力があり抜け駆けのインセンティブもあるが、共食いの影響がそれを上回る場合に起こることを実証しています。その上で、ここまでで得られた数値とフレームをいじることで、事後承諾的な特許が裁判で認められていたらどうなっていたかといった反実仮想のシミュレーションを行い、ある施策が有効(あるいは逆効果)かを分析する実演を紹介しています。

著者が述べているように、一般的にはこうなるけど、個別具体的にどうなるかは時と場合によるし、その解決策もこうした方が良いだろうけどうまくいかないこともあってなかなか難しい、といった、実証分析しなくても分かるような当たり前の結論になっていますが、それでは実証分析は無意味なのかというとそうではなく、それがエビデンスに依拠してプロセスを追って出た結論であるということろに価値があるのであって、それはそのプロセスを用いてパラメーターをいじったり隣接分野に持っていったりといった応用ができることによるものであると言えます。

本書が扱う内容や爽やかな文体はいかにも現代的であり、かつ、読者に対して、また学問に対してとても誠実な態度を取っています。はじめに〜第1章は、想定する読者像や本全体のロードマップおよびサマリーを図を用いながら示しており、これが学術的内容の案内書のテンプレートとなって良い構成となっています。また、硬軟織り交ぜつつここは飛ばして構わないはっきりとガイダンスしていること、自分の主張と他人の主張の区別、論証と意見の区別、論証の蓋然性の提示といった本来行わなければならないもののつい疎かになりがちな学問的誠実性にも極めて気をつけています。そして、ランダム化比較試験、ゲーム理論、行動経済学といった現代の経済を扱うに必要不可欠なフレームが「おいしいとこどり」のように盛り込めているとともに、巻末の読書案内は短い解説付きの時宜を得た内容になっています。

ここで分析対象になったのはあくまで経営学的な具体的な事象ですが、もっと一般的に、理論を使ってこう現実を料理できるのだ、といった実演がされているのだと思ったほうが良いでしょう。私は大学で言語学を学びましたが、社会に出て言語学理論が直接役に立ったことはほとんどありません。しかし、各学問に通底するアカデミックマインドは、どの学問を修めてどのような仕事をしているかに関わらず役に立ちます。少なくとも役に立っていると自覚しているほうがパフォーマンスは高くなるでしょう。そういう点では、大学生は専攻に関わらずこの本を読んでアカデミックマインドを意識するきっかけとすることで、勇気を持って大学での学問についていくモチベーションを維持できれば、社会に出てからも役に立つことが多いでしょう。


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