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地方議会が開催できなくなる内閣と国会の怠慢

 産経WESTが9月7日10時42分に報じたところによれば、岐阜県輪之内町議会では、9人の町議会議員のうち1人が新型コロナウイルスに感染、一緒に食事をした残りの8人の町議会議員全員も濃厚接触者となり、17日までの自宅待機措置となったということです。そのため、3日に招集され、現在開会中の町議会9月定例会は、会期末の16日までに会期延長の手続きを踏むことができず、自然閉会となるそうです。
 また、同日12時16分の読売新聞オンラインによれば、9月定例会にはコロナ対策などを盛り込んだ一般会計補正予算案など議案7件が提出されていますが、自然閉会となればこれらの議案は審議未了で廃案となります。町では「補正予算案の可決が遅れても、すぐさま影響は出ない」としてはいますが、何の影響もないわけはなく、本会議が開催できなければ、自治体であるにもかかわらず自己決定ができないことになります。

 地方議会は地方自治体における意思決定機関です。基本的には年4回の定例会があり、議員提案、首長提案の条例案や予算案、人事案などについて審議を行い、決定をします。議会を構成する議員は、首長とは別の選挙で選出され、議会は首長から独立しているため、二元代表制と言われます。議会と首長は地方自治の車の両輪、と言われるときにはこの二元代表制のことを想定しています。その両輪のうち、片輪が動かなくなってしまいました。
 新型コロナウイルスの感染力には侮りがたいものがあり、そのため新型インフルエンザ等対策特別措置法などの法体系に則り、行動計画を立てたり、基本的対処方針を定めたり、ガイドラインを提示したりして、社会全体でウイルスの感染を封じ込めるとともに、地方自治体においては、医療提供体制と社会経済機能を維持しながら感染終息に努めていくということにしています。
 本来、それぞれが権利として持っている自由を制限しながらでもウイルスの感染拡大の抑制に向けて努力しているのです。そのように権利を制限し、義務を課すルールを定めることができるのは、国においては国会であり、地方自治体においては地方議会でしかありません。予算を決めることにおいても同様です。しかし、先ほども書いたように新型コロナウイルスの感染力はバカにできません。議員全員が感染してしまった場合には、議会そのものが開催できず、新型コロナウイルス対策が後手に回ることも考えられるのです。

 昨年1月、中国大陸武漢市を発祥とし、春節前後の人の大移動に伴って爆発的に感染拡大した新型コロナウイルスについて、上海市衛生健康委員会は空気感染しているのではないかと疑いましたが、その翌日には北京政府が接触感染と飛沫感染のみであると否定し、WHOや米CDCも追随しました。最近ではようやくWHOも米CDCも空気感染を認めるようになり、デルタ株の流行でその感染力の強さに接することになりましたが、それにもかかわらず、厚生労働省はいまだに空気感染を認めず、感染の主ルートは接触感染と飛沫感染としています。その結果、感染防止対策もそれに沿ったものとされていることから、総務省においても、国会においても、感染ルートには空気感染を予定していないのです。

 そうしたなか、昨年4月の1回目の緊急事態宣言の発出は社会に大きな衝撃を与えました。多くの事業所がBCP計画を発動してテレワークや交代勤務により従業員が出社せず、大学も閉鎖されてリモート授業となり、まちなかの店という店から人の姿が消え、通勤通学電車もガラガラ、道路もガラ空きの状態で、不要不急の外出が自粛警察のターゲットとなり、地域活動もままならない事態でした。それは市役所や町村役場においても変わることがなく、とりわけ議員の役所への登庁は不安視されていました。
 そこで、一通の通知が発出されました。それは、昨年4月30日に総務省自治行政局行政課長名で出された「新型コロナウイルス感染症対策に係る地方公共団体における議会の委員会の開催方法について」です。地方自治体に対する国の技術的助言であり、総務省の見解となります。最初の緊急事態宣言発令下での通知ですので、その当時の切迫度を加味したうえで読む必要がありますが、「新型コロナウイルス感染症対策に係る地方公共団体における議会の委員会の開催方法について問い合わせ」に応じて参考として知らせるとしています。

 しかし、よく読めば、この通知は冒頭からその内容を「議会の委員会の開催方法」に限定しています。地方議会の会議において、本会議を外して委員会だけを別扱いにしてその運用を質問するインセンティブは、ウイルスが本会議と委員会を区別するわけもなく、各地方議会からは本会議も含めた議会のオンライン化について照会があったはずです。それにもかかわらず、総務省の通知はそのタイトルからして「委員会の開催方法」に矮小化しているのです。
 しかも、その回答は「議会の議員が委員会に出席することは不要不急の外出には当らないものと考えられる」といったんはぐらかしながら、「各団体の条例や会議規則等について必要に応じて改正等の措置を講じ、新型コロナウイルス感染症のまん延防止措置の観点等から委員会の開催場所への参集が困難と判断される実情がある場合に、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法を活用することで委員会を開催することは差し支えない」と委員会についてのみに限定した技術的助言となっています。

 本会議の取り扱いについて曖昧にし続ける総務省に対して、異議を唱えたのが茨城県取手市議会でした。6月12日に「オンライン本会議の実現に必要となる地方自治法改正を求める意見書」を採択し、地方自治法第99条の規定により、「地方議会における本会議の開催が、情報通信技術による仮想空間での議会審議への参加、表決の意思表示によっても可能となるよう、議事堂への参集または議場への出席が困難な場合には、会議規則により参集場所または出席場所の複数指定や変更ができる旨を地方自治法において明文化すること」との趣旨を、衆参両院議長、内閣総理大臣、総務大臣、法務大臣に提出したのです。

 それでは、なぜ、総務省は地方議会のオンライン開催について、委員会については饒舌で、本会議についてはスルーするのでしょうか。そうした疑問について、取手市議会だけでなく、全国都道府県議会議長会、全国市議会議長会及び全国町村議会議長会の各事務局から総務省に質問がされました。その結果、総務省は質問に対する回答を、7月16日に同じ行政課長名で「新型コロナウイルス感染症対策に係る地方公共団体における議会の委員会の開催方法に関するQ&Aについて」と題した通知に取りまとめています。
 最初の質問項目への回答で、総務省はオンラインによる方法を活用した委員会の開催を検討する地方公共団体等からその実施の可否について問い合わせがあったから委員会について通知したんだ、とここでも釈明し続けましたが、地方議会側からは「本会議と委員会とで扱いが異なる理由」について質問されているので、委員会についてしか聞かれなかったから答えなかったというのは、あくまでも建前であることがわかります。なぜなら、議会側からは「本会議と委員会とで扱いが異なる理由」について質問されており、議会にとって重要なのは委員会より本会議だからです。総務省は続けます。

・ 本会議については、地方自治法第113条及び第116条において定足数及び表決について規定されている。これらの規定における「出席」とは、現に議場にいることと解されており、オンラインによる方法を活用することは認められていない。
・ 本会議における審議及び議決は、団体意思の決定に直接関わる行為であり、議員の意思表明は疑義が生じる余地のない形で行われる必要があることなどから、オンラインによる方法を活用して本会議を開催することは、慎重に考える必要があると考えている。
・ 委員会については、定足数や表決に関する事項は、条例で定めることとされている。
・ 委員会についても、団体意思を決定する過程において重要な役割を果たしている点は、本会議と同様であり、実際に委員会の開催場所に参集していただくことが基本であると考えている。
・ 一方、本会議における表決は団体意思を決定する行為であるのに対し、委員会は本会議における審議の予備的審査を行うものであり、地方自治法の規定ぶりも異なる(条例で定めることとされている)ことから、「新型コロナウイルス感染症のまん延防止措置の観点等から委員会の開催場所への参集が困難と判断される実情がある場合」において、オンラインによる方法を活用して委員会を開催することも差し支えないことを示したものである。

 なんだ。ちゃんと本会議について答えていなかった言い訳がちゃんと考えられていたんじゃないか。しかも2点目以降は1点目の補強材料であり、各項目の内容は取手市議会が求めていた法改正を行なえば対応できるようになります。すると論点は「本会議については、地方自治法第113条及び第116条において定足数及び表決について規定されている。これらの規定における『出席』とは、現に議場にいることと解されており、オンラインによる方法を活用することは認められていない」というところになります。ここが突破できれば2点目以降の事項改正は可能になりそうです。地方自治法第113条と第116条の規定はこうです。

地方自治法
第113条  普通地方公共団体の議会は、議員の定数の半数以上の議員が出席しなければ、会議を開くことができない。但し、第百十七条の規定による除斥のため半数に達しないとき、同一の事件につき再度招集してもなお半数に達しないとき、又は招集に応じても出席議員が定数を欠き議長において出席を催告してもなお半数に達しないとき若しくは半数に達してもその後半数に達しなくなつたときは、この限りでない。
第116条 この法律に特別の定がある場合を除く外、普通地方公共団体の議会の議事は、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
 (略)

 すなわち、地方自治法においては、「議会は、議員の定数の半数以上の議員が出席しなければ、会議を開くことができない」とされ、「議会の議事は、出席議員の過半数でこれを決し」と規定されており、総務省はこの2点を根拠条文としたうえで、「これらの規定における『出席』とは、現に議場にいることと解されて」いるとしています。

 それでは、この「解されて」いるというのは、どこで誰が解しているのでしょうか。元自治事務次官の松本英昭著『逐条地方自治法』によれば、第113条については「議会は、原則として、議員定数の半数以上の議員が出席していなければ会議を開くことができない」とあるだけで「出席」の定義を解していません。それでは第116条はどうかというと、「ここにいう出席議員とは、採決の際議場にある議員で、当該事件につき適法に表決権を有する者の意であり」とし、「出席」とは「議場にある」と解しているということがわかります。前出の総務省の通知は第113条と第116条を引き合いに出していますが、「解する」根拠は第116条であるといえましょう。

 ところが、『逐条地方自治法』が第116条に絡めて解している根拠は昭和25年の行政実例なのです。行政実例というものは単なる官庁の意見表明に過ぎません。しかも詳しく見ると、昭和25年6月8日付けですが、発出元の地方自治庁は、昭和22年末に内務省が廃止され、内事局経由で総理庁官房自治課、そして昭和24年6月1日に地方財政委員会を統合して設立された総理府外局である地方自治庁が示したものでした。体力的にも極めて脆弱な中での行政実例です。

 そして、この松本英昭の表現は、実はその先輩である長野士郎著『逐条地方自治法』からそのまま引き継いでいるのでした。つまり、昭和25年以来見直しが行われていないのです。すなわち、もともとが昭和25年の行政実例であることを考えると、現在のオンライン環境など想像もつかない頃に考え出された論理に令和のDXの時代に拘泥しているともいえるのです。そして、その根拠は日本国憲法にある国会の規定を参照しています。国会議員の「出席」については日本国憲法第55条以下に表現があります。

日本国憲法
第55条 両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

 この「出席議員」については、宮澤俊義著『日本国憲法』では、「『出席議員』とは、その会議場に出席しており、かつその表決に参加した議員をいう」としており、先ほどの『逐条地方自治法』の「出席議員とは、採決の際議場にある議員で、当該事件につき適法に表決権を有する者の意であり」という表現とほぼ相似形であることに注目が必要でしょう。
 つまり、『逐条地方自治法』が引用した論理は『日本国憲法』を参照した行政実例を利用した孫引きだったのです。そもそも、国会と地方議会は別の法体系で整備されているものです。その出自の系譜からも、国会の前身は大日本帝国憲法とセット設置された帝国議会でしたが、地方議会は、地方民会などむしろ地域において半ば自然発生的に生じたものを、憲法政治を根付かせるために府県会規則や区町村会法、府県制や市制町村制などで後から整理体系化したものであり、国会と地方議会を同じように運営する必要もないのです。区々であった地方議会のルールは順次整理され、戦時統制のために昭和18年にはすべて同様の規定が充てられるとともに、戦後、地方自治法というかたちで一本化され、単純化されましたが、ぎゃくに小回りの利かないものとなりました。

 新型コロナウイルスをはじめとする新興再興感染症が数年おきにまん延する新しい時代を迎え、社会システムもそうした環境変化に応じたものに改善し、実装していかなければならなくなりました。接触や密を避けながらも、リモートで意思疎通や合意形成が可能な遠隔仮想空間のシステムが信頼性を持って整備されているのであれば、要は各自治体において責任をもって意思決定ができればよいということに尽きるのですから、どうやって決めるかは各自治体に任せて、総務省がわざわざ「オンライン本会議問題」を避けて通る必要はないのです。
 そして、「オンライン本会議」の実現には、やはり地方自治法の一部改正が必要となります。その意味では、問題は、ひとり内閣に属する総務省だけの問題ではなく、政治マターであるだけに、国会における議論が不十分であるということも指摘することができます。

 取手市議会は先ほどの意見書でこう述べています。

 今後、相当数の議員が隔離された場合においても、急を要する感染症対策議案の審議、議決が求められる事態が、現実のものとして想定されている。定足数を満たす人数の議員が議場(招集場所)に参集出来ない状態でも、議案審議、表決などの議会運営方法が確立されていなければ、首長の専決処分を漫然と許すこととなり、議会不要論が増幅することは想像に難くない。
また、少子高齢化社会が到来する中で、育児や介護で容易に外出できない議員でも職責が果たせるよう、自宅から議案審議、表決に参画できる手段が、議員の多様性確保の観点からも求められる。
世界的にも昨今の情報通信技術の発展とともに、既に英国議会ではオンライン議会を実用化している。しかしながら、我が国においては、地方自治法第113 条及び第116 条第1項における「出席」の概念は、現に議場にいることと解されているため、オンライン会議による本会議運営は現行法上困難とされている。
一方で、総務省は令和2年4月30 日付、総行第117 号で、委員会運営については地方議会における意思決定によってオンライン化は可能との見解を発出したが、本会議でのオンライン化ができなければ議会運営上の利点は限られる。
また、議会の意思形成過程である委員会審議においてオンライン化の有用性を認識しながら、本会議における導入を否定するところに合理性はない。
よって、国においては、非常時には地方議会の判断で、本会議運営をオンライン会議などの手段による遠隔審議・議決を可能とするよう、地方自治法の改正を強く要請する。

 1年以上前にこうした卓見が、まさに本日の輪之内町議会の状況を予言するように、衆参両院議長、内閣総理大臣、総務大臣、法務大臣のもとに届けられていたのです。これまでの間に、地方自治法の一部を改正していれば、オンライン本会議は可能となりました。輪之内町議会もオンライン本会議で議長が提案し、議員の「異議なし」の声だけで、少なくとも17日以降への会期の延長は可能となり、わざわざ定例会を自然閉会で審議未了とすることもありませんでした。まさに、輪之内町議会という地方議会を開くことができなくなったのは、内閣と国会の不作為、もっと言えば怠慢であるともいえます。

 本来、地方議会における議事のあり方は、通則法である地方自治法にある以外は当該議会の自律権の範疇であるはずです。それを全国画一的に規定しているからあちこちで問題が生じるのです。2000年に地方分権改革が始まりましたが、このことは、地方議会の地方分権改革がまったく進んでいない証左です。地方自治法についても、あらかじめ通則法の規範化につながるような法改正を行うか、そのような概括的な地方議会法を別に制定しておけば、細部については会議規則や条例で独自ルールを定めるなどの地方議会の自律権で対応することができ、地方議会が個別に議会運営方法を総務省に照会をかけて疑義をただす必要もなくなり、危機に際して自律的に自主的な意思決定ができるようになるはずです。

 まとめてみると、地方議会のオンライン本会議が実現できなかったのは、総務省が占領下の情報通信技術がほぼ無い時代の憲法解釈を孫引きして議員の「出席」を国会並みに考えているからで、身近な自治を自律的に行う場合については、これとは別に「出席」に「情報通信技術による仮想空間」を含むとすればよいだけの話だったのです。そこからは地方自治法第6章の全面改定もしくは地方議会法の制定により、地方議会における地方分権改革を実現する。これは、行政ではできないことで、政治が取り組まなければならない課題です。
 そして、それできなかった原因は、もしかしたら新型コロナウイルスは空気感染するかも、爆発的に感染が拡大して議員全員が感染するかも、といった想像力の欠如だったのです。危機管理は何といっても想像力がなければ一歩も動きません。先行きの目標、今後の状況変化、使える道具揃え、それらをどのように組み立てて、うまく被害少なく目標に到達できるか、今からでも総務省や法務省を含めた内閣、そして国会では想像力を働かせて、予見のなかで今しなければならないことに果断に取り組んでほしいと思います。

 しかし、最後に厳しいことをひとつ付け加えるとすれは、このことは国政政治家だけに求めるのではなく、課題に気づいた地方政治家たちこそが必死になってその実現に向けて努力すべきことなのです。

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