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「僕たちの人生には何が起きたっていい」

これは4年ほど前、地元の釧路で実際に体験した、忘れられない6時間のお話です。(*画像は本件と関係ありません)
忘れようとしても忘れられない出来事ですが、どうしてもここに書き残したく、キーボードを叩いています。

目に余る表現や描写もあるかもしれませんが、なるべく現場のリアリティを損なわないよう、出来る限りあのままを書いていきたいと思います。


これは4年前、新型コロナウイルスが猛威を振るい活動の自粛を余儀なくされていた僕が、当座の生活費を稼ぐために登録した派遣会社からの仕事を繰り返していた頃のお話です。

どんな仕事をしていたかと言うと、
農家の畑の大根抜きや病院の不要なカルテ整理、タイヤの運搬などなど、挙げれば枚挙に暇がありませんが、主に力仕事が多かったです。
都度都度派遣会社から送られて来るメールには募集中の仕事の内容・時給などの雇用条件が記載され、気に入ったものに各自応募し、先着順で仕事が決まっていくというものでした。

と、そんなある日。
一通のメールを知らせるバイブレーションが僕のスマートホンを揺らしました。

【新着お仕事のおしらせ♪】
仕事内容:荷物搬出補助
時給:1,200円+交通費
勤務時間:10:00~16:00
服装:シャツやジーパンなどでお越しください(ラフすぎる格好はNG)
集合場所:○○町△△丁目××

釧路にしては時給も悪くないですし、
6時間程度でサクッとお小遣いが稼げそう。
住所を見ると、集合場所は個人宅のようです。珍しいなと思いましたが、
おそらくこれは引っ越しの手伝いのような案件と予測。
総合的に、悪くなさそうである。
「応募します!」と送信。
すぐに担当者から電話があり、仕事が決まりました。

次の日。僕は知ることになります。

悪夢は起きながらも見れるのだと。



快晴の朝。
歩いているだけで汗ばむような陽気の下、集合場所まで車を走らせました。

ナビ通りに進むと現場の人間らしき方が車窓から見えます。

「最初の挨拶が肝心!」とばかりに窓を開けた僕は、
「おはようございます!本日お世話になります長谷川恒希と申します。宜しくお願いします!」
と元気いっぱい挨拶をしました。

するとそのおじさんは目を細めこう言いました。

「キミ、そんな綺麗な服着てきて大丈夫?!」

なんてことない普通の長袖シャツとチノパンで来ていた僕は少し不思議に思い、「汚くなっても全然大丈夫な服です。」と返すと、おじさんはこう続けました。

「いやいや、相当汚れるよ?!」

「本当に大丈夫ですよ笑 最悪捨てても大丈夫な服なので。って、なんでそんなに汚れるんですか?もしかして、人でも死んでる現場なんですか?笑」

「そんなわけないでしょ笑」

「ですよね笑」

初対面の軽い談笑も束の間、おじさんは、少し遠い目をしてたしかにこう言ったんです。

「でも、似たようなもんか」

その言葉の真意がつかめず、車を置いて集合場所に向かうと、住宅地の前とは思えない違和感に襲われました。

この仕事は僕だけでなく、他の方も数名一緒に参加しているのですが、その方々のほとんどがなんと、

滅菌室で見るような真っ白な防護服

を着ているんです。
その真っ白な防護服を着たおばさん2名が僕を見るなりこう言います。
「あらお兄ちゃん!そんな綺麗な服着てきたらダメよお~」
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ、そんなんダメだわあ~ん」

事態が呑み込めない僕。
「説明は後でするからとりあえずこれ着て!貸してあげるから!」と半ば強引に僕も真っ白の防護服に着替えさせられました。

この後すぐに、着替えさせられた本当の意味を知ることになります。



現場はというと、なんてことのない普通の集合住宅の一室。

「お兄ちゃん、刺激が強いから、驚かないでね」と真っ白なおばさん2名の声を後ろ目に、僕はその一室のドアを開けました。

すると、目に飛び込んできたのは、階段でした。

たまにありますよね。ドアを開けたら即階段という作りの部屋。
その階段を上がっていった2階が居室という部屋です。
今回の仕事は、2階にある大量の荷物を外のトラックにどんどん詰めていくという内容だそう。

さあ、仕事を始めるぞ!と、その階段に一歩足を踏み込んだその瞬間でした。

ギシッ・・・

・・・

臭い。



臭い。


?!

臭すぎる

臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い!!!

強烈という言葉ではとても足りない悪臭が全身を突き抜けました。

今まで嗅いできたすべての匂いを足してもこんな臭いにはならないと思います。

言葉で表せる臭いじゃないんです。


そんな、清少納言でも言い表せないであろうものすごい悪臭にパニックになり、後ろのおばさんを振り向くと、信じられないことを言われました。


「すごいニオイでしょう~。あのね、ここの4人家族、皆部屋の中でうんことおしっこしちゃうの。」

?!

?!?!

?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!?!?!?

「ヘヤノナカデ ウンコトオシッコ シチャウノ」

?!?!?!?!?!?!?!?!

目の前が真っ暗になりました。

意味が分かりません。

なんで部屋の中でうんことおしっこをするんですか?

なんでトイレを使わないんですか?

部屋の中でうんことおしっこはしない方がいいんですよ!

うんこと!おしっこは!!部屋の中で!!!すべきでない!!!!!!

戸惑いを隠せない僕に、おばさんが懇切丁寧に状況を説明してくれました。

ーーーー
以下、状況まとめです。

・この部屋には4人家族が住んでいる(夫婦は普通に仕事をしている)

・部屋の中は大量のゴミ屋敷のようになっており、足の踏み場がない
(トイレやバスタブもすべてがゴミで埋まっている)

・糞尿は基本的にはジップロックに入れられている。
何故か風呂桶の中にも入っていたりする。

・あまりの臭気に近隣からクレームが入り、家族の留守中に我々清掃会社が入り、ゴミを搬出している。

・搬出は1日では終わらず、今日が作業2日目。
(現時点で90リットルのゴミ袋100袋使用済み)

あまりにおぞましい仕事内容に呆然自失の僕を見かね、おばさん2人(作業2日目)達が2階に行き、袋に糞尿やごみを詰めてくれるとのこと。

「お兄ちゃんは慣れるまで私たちが詰めたゴミ袋を外にあるトラックに積んでいって!」と、颯爽と2階に向かう背中は、たしかに神に見えました。

しかし。
しかしです。
ごみや糞尿はまだまだあります。
天井にもタッチしようかというレベルのゴミ屋敷です。

そのゴミ袋の数たるや、どんなに詰めても足りません。

そうです。ここは1階。
そんな数のゴミ袋をわざわざ2階から持ってきてくれるわけではないのです。

つまり。

大量の糞尿ゴミ袋が、2階からゴロゴロゴロゴロと転がってきます。

信じられますか?
知らないうんこやおしっこ入りのジップロックが大量に詰まったゴミ袋が、自分に向かって威勢よく転がってくるんです。

うんこやおしっこって、止まってるものだとばかり思っていました。

動いて向かってくるんですよ。うんことおしっこが。

しかも知らないヤツの。

動いてるうんことおしっこって相当キツイです。

一袋目で吐き気がやってきました。

恐る恐る袋を掴むと、なんかタプタプいってます。
袋を傾けると尿の動きが見えます。
吐き気が喉元までこみ上げてきます。
そして普通にめっちゃ重いです。
重くもあるのかよ。

やっとの思いで一袋目をトラックに詰め、余りの臭さにマスクを2枚着けると、臭いは緩和されるものの呼吸がしづらく、真夏の気温も相まって既に汗をかいてきました。

おでこから鼻まで滴ってきた汗を拭うと、早速軍手についたうんこがマスクを汚し、激臭を放ち始めたのですぐに捨てました。

僕はもう既に
”お金なんて要らないから帰りたい”を通り越し、
”お金払うから帰りたい”と、
生活に困窮した人間とは思えない思想を持ち始めていました。

「とにかく早く終わらせて帰りたい!」
息を止め心を殺し、汗だくになりながらどんどんとゴミ袋を詰めていきます。だいぶ捨てました。体感としては1時間半くらいは働いています。

時計を見てみると15分しか経っていません。
終わったのは僕の心でした。


どれくらいの時間が経ったでしょうか。
2階のおばさんたちに呼ばれた僕は抗うことを諦め、自分でもごみ袋にごみを詰めていきます。
糞尿は勿論沢山あるものの、一番目を引いたのは大量の酒の空き缶空き瓶でした。
特に、ストロング系の酒ばかり。酒の空き缶が、バスタブを覆いつくしていました。

また、その他のゴミを見てみると、大量の糞尿に紛れて、家庭用のカレールーの空き箱や中濃ソースなどの調味料、ポケモンのカードなど、いわゆる”普通”のゴミがあることがより一層恐怖でした。
この家族の顔がちょっとだけ浮かぶのが逆に怖いというか。

なにかの本かテレビで見たことがあります。
ゴミ屋敷も一歩ずつ始まると。
きっとこの家も最初はキレイだったはず。
一歩ずつゴミ屋敷に。一歩ずつゴミ屋敷の住人に。
「面倒だから明日捨てよう」の積み重ねで、どんどん身動きが取れなくなり、トイレもゴミで埋まり、気づいたらゴミ屋敷。
自分達だけの力ではもう元に戻れなくなってしまったんでしょうね。


ここから先の事は省略します。
とにかく無我夢中でゴミを詰め、大量の袋をトラックに運び、なんとか6時間を乗り切ったということでしかないからです。

作業中、僕と同じく事情を知らないまま仕事に来た中年のおじさんが僕に「なあ兄ちゃん、この現場酷すぎるよな。俺もう帰るから、あのおじさん先に帰りました!って現場監督に言っておいてもらっていい?」と耳打ちしてこられ、
そのあまりの情けなさに「はあ?そんなの自分で言えよ!」と諭すという非常にヒューマニズムを感じられるエピソードなんかもあったのですがそれも割愛。
*ちなみにそのおじさんは「へへ、そうだよね汗」と日和ながら、最後まで作業を続けていました。


そして、ここからが本題。

僕がなぜこの長い文章を書こうと思ったのか、それは、「こんな酷いバイトがあったんですよ~」ということを言う為ではありません。

むしろ、自分の価値観を大きく変えてくれた、最高に素晴らしいバイトだったと思っています。(もちろん結果論。派遣会社には、「マジで勘弁してくださいよ」とクレームを入れました。)

僕はこの6時間この仕事をして、

「僕たちの人生には何が起こったっていい」

とおもったんです。

僕は、こんな状況の家が、自分の生活圏内に普通~にあるなんてことを全く知りませんでした。

普通に考えれば、まずありえないことだと思います。

そして、その家の掃除を自分がするなんてことも、まずありえないと思います。

で、これは、良い悪いで言えば、どちらかといえば”悪い”意味での”ありえない”出来事です。

でも、こんなに”悪い””ありえない”が起こるなら、

”良い””ありえない”が起こったってよくないか?と思ったんです。

僕たちは無意識に、良いことより悪いことが起こりやすいと信じています。

悪いことを考えて不安になるのは簡単なのに、
良いことを考えて幸せになるのは難しい。

でも、別にどっちだって起こるんじゃないですか?

どっちも普通に起こるんですよ。

悪いこともいいことも。
でも、悪いことが起こる方が信じやすいから、そっちが多い気がするだけで。

今回は「安い給料でうんことおしっこ屋敷の掃除」という”悪い””ありえない”(表面的には)ことが起こったけど、

例えば、僕で言えば、
”お芝居だけで食べていけるようになる”
とか、
昔はちょっと信じづらかった”良い””ありえない”色々なことが、
「いや、それくらいのことは普通に起こるんじゃないか」と思えるようになりました。

というか、別に大したことではないです、それくらいのこと。
大したことではないって思えたことから、現実になっていく気がします。
もちろんそれはすごいことではあるし、現実からはまだ少し距離がありますが、それくらいのことは別に起こったって全然変じゃないと思います。
それは、これを読んでいるあなたに起こっても全然変じゃない。

そういう意味で、ものすごくいいバイトでした。
貴重な経験をさせて頂き、本当にありがとうございました。

そのバイトの帰り道、
身に着けていた衣服は臭すぎて全て処分し、
臭すぎて帰れなかったので銭湯へ行きました。

収支は普通にマイナスです。
マジでふざけるな。

書いていたら腹が立ってきたので派遣会社に提訴の準備を進めています。



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長谷川恒希
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