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映画『憧憬を食らう』公開に寄せて

この話を書き始めたのは、去年の夏、漫画家駆け出しの妹が私のところへプロット相談に来たとき。
私が昔書いた何かを原案に持っていく? と聞いたら、おねえのは少女漫画に向かないから難しいとわらいつつ、そうだ、久しぶりに読みたいから、ひとりの男の子の大量に分裂したのがスーパーに陳列されて売っているあの話を印刷してと言われ。
そういえばそんな話を書いたことがあったと思い出して。

夏に弱い私は、それを書いた夏はコンスタントに毎日短い詩を書くに留めていた。
秋風が吹く頃その詩のなかから十ほど選んで繋げひとつの短編に仕上げた。
他の子にあげるはずだったサングラスを別の子にあげてしまうひどい男の子の話。しかし発表しなかった。散文がすぎて人に読んでもらえるものではないと思ったから。
このスーパーの描写はただユング的で陳腐なものに思っていたけれど、妹の心に長く残った程度には印象的なシーンなんだ、人前に出してもいいものなのかなと、そのときに初めて思った。

これを書いた数ヶ月前、梅雨の時期に遡る。私は友人と山林を旅行をしていた。安宿で百足に刺され大騒ぎしたのだけど、痺れる足をさすりつつ、友人がしていた病院の夜勤のアルバイト話をしてくれとせがんでいた。
友人はよく夜勤中に病院のヌシと戦っていた。初見で腰を抜かすほどの大きな蜘蛛で、病院内を悠然と歩いていると言う。夜勤用のベッドにのしかかってきたときなどは、ちりとりを持って応戦していると。
その話がおもしろくて、病院の夜勤の小説を書こうと私は図面を引いた。病院の建物構造を聞き取りペンを走らせた。仕事のタイムテーブルをプロットしていって、そこで起こる一夜のドラマを旅行中につくった。
一日の出来事を追った話は物語の基礎で、その練習に書いたものだった。この話はさわやかで気に入っていた。

読み返して、同じ年に書いたものだから、このふたつの話の主人公は同じひとだろうと思った。
この夏は彼らに今一度向き合うことに決めた。

ふたつの話を足し合わせて再構成し映画の脚本にする。と言っても、ほとんど一から書き直した。私はもうこれを書いた頃の年齢に戻れない。その年齢でしか出てこない感情がある。それを零さないように拾いつつ、新しく将棋というファクターを入れた。棋士の少年の話になった。

二十歳の頃に最も衝撃を受けたのは、周りの権力心が私と比べあまりに高かったことだった。情を見せると裏切られる。それは悪いことではなく、生きる上で当然のことのようだった。弱肉強食のこの世界で、他者を睨め付ける火が少ない私はきっと闘争心に身を任せて生きることができず苦労するだろうと気づいた。
その諦念を表現するのに将棋というファクターを選んだのは、正解だったのかはわからない。私は麻雀に親しんでいたから、しぜんに闘卓の発想になった。結果、きっとこの将棋が決め手になって、監督の目に止まったのだろうと思う。監督を紹介していただき、過去作を拝見させていただいたときに驚いた。将棋の話があったから。
脚本直しの際に、監督から将棋についてご教授いただいた。また、予告映像の初めに映される海辺での不思議な踊りを入れようと提案いただいた。あの場面にある美術の魚住さんがご考案・制作された真っ赤なモニュメントを、スタッフ総出で海辺に立てた日は、車が砂にはまったりといくつもの大波乱がありながらもみな楽しそうで、映画をつくるというものを少し知った。

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監督からオファーをいただいたときは、自分に身近な、映画制作系の学生が卒業制作に作るようなものになるのだろうと考えていた。
キャストを教えていただき、驚いた。すでにたくさんのファンのいる俳優さん・女優さんに演じていただくことになったという。お引き受けいただき、ありがとうございました。
監督のご経歴を考えれば不思議ではなかったのだと理解するのに時間を要した。私には未知の世界だったから。
さらに、御笠ノさんと会社の方々が御助力くださった。オーディションから撮影までつきっきりでご指導を賜った。多大なる御厚意、感謝してもしきれません。

撮影現場ではびっくりするような再会もあって、素敵な舞台をつくる大学院の先輩がスタッフをしてくださっていた。業界が狭い! 松尾さん、ありがとうございました。
初めての現場で緊張して、でも知らないことをめいっぱい知りたくてふらふらしつつも所在なくしていたところに話しかけてくださった小野健太郎さん、ありがとうございました。ご自身が役者も舞台の作・演出もするご経験から、脚本は役者にとって設計図だと教えてくださった。
もうひとつ驚くことがあって、出演者の中にこの話のモデルになった鎌倉の海岸沿いに建つ静謐な病院にお身内が入院していたかたがいらっしゃって。縁を感じました。撮影シーンの順番を待つ間にゆっくりお話をお聞かせいただいていたら、通りかかった御笠ノさんが「良い作品はしぜんと縁が集まってくるものだから。きっと良い作品になるよ」と、安心させるようにやさしくほほえんでくださったのをおぼえています。
御笠ノさんには役者への演技指導のみならず初稿直しの際に丁寧な脚本指導も賜りました。半田役の田中くんが、なにかの会話の流れで、脚本内にある単語について「日常会話で使わなくないですか?」って言ったとき、御笠ノさんが「きがみさんは日常会話で使うんだよ」と返答されていたのが心に残っています。お会いしてから少ない時間のなかで瞬時に相手の特徴やくせを把握し、それを殺さぬよう指導してくださったのだと、気づき。
撮影後も、制作のピーターさん、助監督の駒井さんに、多大なるお世話になりました。引き続きよろしくお願い致します。
そして、録音の田中秀樹さん、素敵な音楽をかいてくださったミヤジマジュンさん、ありがとうございました。
(お会いしたかたのみへの謝辞で申し訳ありません。その他にもたくさんのかたにお世話になりました。感謝申し上げます)

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物語を書くのは孤独な作業だけれども、映画の脚本を書くのは、多くのひとの協力のもとひとつの作品が完成する過程を共に経験するメンバーのひとりになるということだ。
関係者試写会で完成映像を見て制作陣と達成感を分かち合ったとき、同時に私は初めての悩みを経験した。
小説を書いているぶんには、私の書いたものを好きだと言ってくれるひとだけを気にしていればよかった。
しかし脚本は、監督・役者・音楽その他アーティストのファンのかたが喜んでくださるものになるか、考えなくてはいけないのだと気づいた。
予告映像を見てくれた2.5にも詳しい研究者の友人は、こういった作風の作品は2.5界隈にはないので役者さんの新しい一面が見られてファンのかたも楽しいのではないか、と言ってくれたけれど。
もしそうなっていれば嬉しい。
監督のつくる色彩のなかに、美しく佇んでいる。若者が持つ観念的な言葉をくちにしながら。そんなどこか懐かしい青春ポートレートの映画になっているから、きっと好きになっていただけると信じている。
楽しんでいただけたら幸いです。


木上芙実子


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憧憬を食らう(51分)
監督:ワタナベカズキ
脚本:木上芙実子
アクティングコーチ:御笠ノ忠次
音楽:ミヤジマジュン
出演:石賀和輝/田中倫貴/小泉萌香 他

上映日時:12/21(土)・12/22(日)

会場:原宿CAPSULE
東京都渋谷区神宮前2-27-3 ハウス神宮前1F
https://capsule-theater.jp/access/

予告映像
https://www.youtube.com/watch?v=5NrkwcUQ0KA&feature=youtu.be

告知ウェブサイト
https://doukei.wixsite.com/eat-a-longing


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