ジュースは甘くて美味しいから、モラルを崩壊させるかもしれない
そんなに校則って苦しかった?
ここ数年、校則がブラックだとか、画一的だとか、人権問題だとか、とても話題になっている。少し前のクロ現でも取り上げられていた。
校則のせいで苦しい思いをしているよね?
理不尽に感じているよね?
もっと自由でいたいよね?
中高時代の私は、そんなことを言われても全くピンとこなかったはずだ。たぶん私に限らず多くの中高生は、大人なんかよりもずっと、ルールとの付き合い方を知っているのではと思う。
学校指定ジャージ、脱法ジャージ、非合法ジャージ
私の通っていた中学校には「学校指定の制服またはジャージ以外で登校してはいけない」というルールがあった。そして、大半の生徒は、部活時に着替えるのが億劫なのでジャージを選択していた。
だが、このジャージが、マジで、ヤバかった。何色を指定すればあの色で納品されるのだろうか、青と赤を最も具合の悪い塩梅で混ぜ合わせた、紫色のジャージ。どう着崩しても、格好がつかない。
一方で、校内で着用されるジャージには例外もあった。稀に、部活単位でお揃いのジャージがつくられることがあるのだ。それは数年に一度、その世代で権力を持つ生徒が所属し、且つ、「ゆるい」顧問が担当した部活でつくられる。大抵は、黒基調のイカしたジャージだ。
そして、ここからが校則の「解釈」の問題。
それは「学校指定のジャージ」なのか?
そうであれば、そのジャージを他部活の生徒が着るのは許されるのか?
その世代の卒業後に、弟妹や後輩が譲り受けるのは許されるのか?
結論、これらはすべて認められていた。おそらく先輩たちがその権利を勝ち取ったのだ。と言っても、市内でも随一の「荒れた」学校だったので、おそらく対話的にではなく、ただ、押し通したのだろうが。
その結果、校内ではグレーゾーンな「脱法」ジャージが代々受け継がれ、流通していた。擦り切れてボロボロになっても、つぎあてまでして。そしてしまいには、どうやら「非合法」らしいジャージを、「これは7、8年くらい前のサッカー部の指定ジャージです!」なんて適当なことを言い張り、着用する者も。そうなるともう、確かめるすべも気力もない先生たちは、見て見ぬ振りするだけだった。
とまあ、そんな感じだったので、「校則のせいで苦しい思いをしているよね?」と言われても、実はあまりピンとこない自分がいる。「あー、確かにすべて守ると、しんどいかもですね」という感じ。
ただ、あえて言えば、今でも思い出す理不尽な校則、というよりも意思決定?はあった。高校時代のこと。
ジュースは学業にとって必要ないもの
通っていた高校で、「ペットボトルの自動販売機の校内設置」が検討されることになった。それまで、紙パックの自動販売機は校内にあった。だが、200mlごときで喉を潤せるはずもなく、1日に2度、3度と買っていたので、当時のお小遣いはほとんどこの紙パック飲料に消えていたはずだ。
だから、このニュースが本当に嬉しかったことを覚えている。確か、そのタイミングで行われた生徒会長選挙の立候補者も、ペットボトルの自動販売機の校内設置を公約に掲げていたから、私以外も大いに関心を持っていたニュースだったのだろう。
そして、生徒会長の頑張りがあったのかどうかは定かではないが、いよいよ設置されることが決まった。自動販売機の設置日をカウントダウンして待つ経験は、後にも先にもあれっきりだろう。そして設置されたとの報を聞いて、iPhoneの発売日くらいに勇んで向かった私は、自動販売機を見て自分の目を疑った。
設置された自動販売機は、お茶と、水と、スポーツドリンクしか販売していないのだ。お茶と、水と、スポーツドリンク。校内の外れも外れ、体育館の目の前、私の教室からは歩いて5分かかる場所への設置にも憤っていた私は、もう本当に我慢ならなかった。
すぐさま先生に、なぜジュースがないのかと食って掛かった。回答は「ジュースは学業にとって必要ないものだから」だ。重ねて、「自動販売機の設置は水分補給が目的であるから、体育館の前が最も適している」と。
ファンタのCMを見たことがないのか?
カルピスのCMを見たことがないのか?
ビタミン炭酸飲料MATCHのCMを見たことがないのか?
学業?知るか!ジュースは、青春にとって絶対に必要だろ!落ち込んでいる恋人を元気づけるときに、お茶を渡すのか?水を渡すのか?スポーツドリンクを渡すのか?正気か?そもそも、紙パックの自動販売機ではジュースが売られているが?ペットボトルが悪いのか?
・・・ただ、それは言わなかった。無能な教師どもめ、生徒会どもめと嘲りながら、昼休みに学校を抜け出して、コンビニで青春ジュースを買うようになっただけだ。もちろん校則違反だが、これが中学時代から変わらない、私の校則との付き合い方だった。
校則を変えようなんて考えたこともなかった
ギリギリ自転車通学が禁止の地区に住んでいたけれど、学校の近くまで乗って行って近くの茂みに隠して停めていた。友人が自転車通学なのに自分だけ徒歩なんて、青春しにくいでしょう?
靴下やインナーは校則で色指定があったので、定めのないベルトはうんと派手な色を使っていた。カラーコード[#FFF100]かってくらい真っ黄色のやつ。オリジナリティ出さないと、青春しにくいでしょう?
ただの一度も、校則を変えようなんて考えたことなかった。私にとって校則の関心事は、どこまで許されるのか、どこまで守るのか、だった。大きな問題にはならないよう、目をつけられすぎないよう、程よく青春な学校生活のために。
今となっては、いい思い出かもしれない。でも、今になって思うと、程よくではない、最高の青春のために、もっとできることはあったのかもしれない。というよりも、最高の青春のために頑張ることそれ自体が、めっちゃ青春になったのかもしれない。
友人たち、先生たちと、ああでもないこうでもないと話し合いながら、校則それ自体を変えていく。その過程で、それまで気づいていなかった誰かの悩みや痛みに触れる。そして、みんなにとって納得できる校則を考える。少なくとも、黄色のベルトより全然青春かも。
校則って変えられるらしいよ
このポストは、お題企画「#みらいの校則」で書いている。
経済産業省「未来の教室」実証事業として、認定NPO法人カタリバが取り組む「みんなのルールメイキングプロジェクト」の後援とのこと。みんなのルールメイキング、こんなふうに説明されている。
みんなのルールメイキングは学校の校則・ルールの対話的な見直しを通じて、みんなが主体的に関われる学校をつくっていく取り組みです。
他人事みたいに言ったが、実は私もいま、認定NPO法人カタリバで活動中。こんなプロジェクトを中高時代の自分に勧めてあげられたらどんなに良かっただろうかと、少し悔しい。
きっと中高時代の自分に勧めても、「別にそんなに困ってないよ?」なんて言われるのだろうな。きっと多くの中高生がそうだと思う。ああだこうだとうるさい大人たちを横目に、中高生って意外と上手にルールと付き合っている。
でも、気づいていないだけで、他の誰かはめちゃくちゃ困っているかも。めちゃくちゃ傷ついているかも。それに、自分にとっても、校則が変わればもっと楽しい学校になるかも。青春だね。アラサーにもなると、やたらと青春を懐かしんで、青春どうこうと連呼してしまうね。まあいいや。
あの頃の自分に届け!って気持ちの投稿。
終わり!
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