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[読んでみた] Vitalik Buterinの本

友人に紹介されたので、とりあえず買って読んでみたら意外と面白かった本です。Ethereum創設者のVitalik Buterin氏の発信内容が纏められたもので2014年から2021年の最近の考えまで含まれています。

反芻中のため、読み返してく中で適宜追加しようと思っていますが、極めて面白いと感じたものをピックアップします。


1.  「Judge As a Service」の世界観

スマートコントラクトが汎用的に利用された際のユースケースとして指摘していた「Judge As a Serive」の概念が非常に面白かったです。

例えば、DeFiなどオンライン上の情報で完結する取引に関しては、スマートコントラクトは「スマート」に機能しますが、オフライン、つまり現実経済のインプットが必要となる取引だと機能させるのが難しいように思われます。(スマートコントラクト、DeFiの概念などは端折ります)

例えば、雇用契約を考えてみます。Aさんが「ちゃんと」仕事を行うことで、その報酬である1 ETHを受け取るという契約をBさんと結びます。「ちゃんと」仕事をしたかをどのように評価・判断しますか?「ちゃんと」をより具体的に言語化し定義することでしょうか?それができたとしても、どのようにブロックチェーンが物理世界にアクセスしましょうか?

Vitalikは裁判官という概念を提唱します。つまり、以下のようなアルゴリズムを作成します。

  • 雇用主であるBが1 ETHをコントラクトにエスクロー(取引保全)をします

  • Aが職務を遂行しなかった場合は、Aは「Aは職務を遂行しなかった」と署名した上で、 コントラクトがBに1 ETHを戻す

  • Aが職務を遂行した場合は、Bは「Aは職務を遂行した」という署名した上で、コントラクトがAに1 ETHを渡す

  • 一方、Aが職務を遂行したのにBがそれを認めなかった場合は、裁判官Jが判断を行う

*上記をコードで条件式を書くと以下の通りです

if says(B, "A did the job" or says(J, "A did the job"):
  send(1, A)
else if says(A, "A did not do the job" or says(J, "A did not do the job"):
 send(1, B)

これにより、「ちゃんと」仕事をしたかどうかの第三者の判断主体をコントラクトに組み込むことができます。一見単純に見えますが、裁判官のマルチシグ方式(複数人の多数決投票)にしてもいいですし、品質をより定量的に評価した際でも特定の変数ごとに裁判官らを割り振るような高度な仕組みも実現可能です。

そして、これによりサービスとしての裁判官、つまり、「Judge As a Serive」が実現できるということです。今、裁判官になろうとしたら民間の仲裁機関や国の裁判所に雇われるかしかないですが、様々な形で裁判官、つまり判断主体を担う仕事が生まれるのではないかということです。これは法務領域に限定した話ではなく、商品が適切に出荷されたかを判定する裁判官、雇用契約の履行を検証できる裁判官、保険会社に代わって損害を見積もる裁判官(個人的にはこれが一番好きです)、など様々な形態が考えられるとしています。

この世界観が実現できた場合に、裁判官自体を比較・選択・評価できるプラットフォームが必要になるような気もしています。また、実はこれがブロックチェーンが社会実装された際に、将来的に公的機関や企業が果たすべき役割なのかもしれません。


2.  Blockchain技術の価値とは?

  • ブロックチェーンは何の役に立つのか?

  • ブロックチェーン上では何がキラーアプリになるのか?

  • ブロックチェーンが有益な理由は?

についてVitalikの考えがまとめられています。
意外にも、ブロックチェーン上のキラーアプリなど登場しないという立場をとられていて、理由は「ブロックチェーン技術の方が圧倒的に有利なユースケースがあればとっくに実現されてるはずだ」ということです。笑

ただ、これはブロックチェーンが価値のないものだと説明している訳ではなく、枠組みの考え方を変えるべきだとしています。
つまり、ブロックチェーンは「ロングテール」の効用を最大化させるには非常に有効だとしています。これは要するに、

  • 利益を享受するユーザーの数 × 利益の度合い

で面積をとる場合、

  1. 利益を享受するユーザーが少ないが、利益の度合いは大きい

  2. 利益を享受するユーザーは多いが、利益の度合いは少ない

という2パターンの戦略が考えられますが、ブロックチェーンはどちらかというと2に近い概念だとしています。

つまり、一人一人からするとほんの少しだけ効用(≒利便性)が高いが、それが億単位のユーザー全てにとって利益になるのであれば、1に比べて総合的にはずっと大きい利益を生むことができる。

これは「オープンソースソフトウェア(OSS)」で考えてるともっと分かりやすくなる。JavaやMySQLなど(MySQLはオラクルに買収されましたが…)ソフトウェア開発で利用されるあらゆるアプリケーションに他の全てを支配するキラーアプリが存在しないことと似ている、としています。

そうなると、ブロックチェーン上のアプリケーション(Dapps)はより社会的資本・公共財的な意味合いが強いものになるなと思うと同時に、全人類規模でのベースインフラ基盤を構築したいというVitalikの意思を感じることができます。

「それブロックチェーンじゃなくてサーバーでやれば良くない?」
「ブロックチェーンって何の課題解決になるの?」

みたいな話は腐るほど聞きますが、考えている枠組みがそもそも小さすぎるのかもしれません。今後自分はこう答えるかもしれない。

「はい、単独の仕組みであればサーバーで実現可能です。ブロックチェーン上で実現することによって、トラストレス、ボーダーレス、そしてオープンにユーザーがアプリケーションを利用することができます。また、アプリケーションはブロックチェーン上の他のアプリケーションと超高速かつ効率的に相互運用することができ(インターオペラビリティ)、アプリケーションの数が増えれば増えるほど、掛け算でユーザーの総合的な効用を上げることができる余地を残しています」

ちなみに、Vitalikはブロックチェーンが有用な理由を言語化していますが、全部書くと長かったので個人的に3つにまとめてポイントのみ書きます。(主語省いていますが全て主語はブロックチェーンです)

  • データを格納でき、データは極めて高い可用性を保証できる

  • アプリケーションが将来に渡り機能することをユーザーに証明できる

  • アプリケーション及びそのデータ同士を100%の信頼性で相互連携できる


3.  超合理性とDAO

  • DAOは何の役に立つのか?

  • DAOであることの価値とは?

について解説しています。(また、この文脈では説明されていませんが、ここで定義するDAOとは「ハードフォークできるシステム」としておきます。マイクロソフトなどの企業は勿論ハードフォークできませんし、OSSのプロジェクトもフォークしますがカスタマイズの意味合いが強いです)

自分が一番言語化できていなかった個々の組織がソースコードや計画を公開して競争市場の中で戦うことのできる明確なインセンティブはあるのだろうか?、ということについての説明だと思っていましたが、どちらかというと、DAOに期待できる性質についての説明に近いです。

まず、人間には「超合理性」という倫理的な行動規範があるとしています。これは、隙さえあれば貪欲になる性質を持ったまま、善であるふりをするのは認知論的に難しい、なぜならば、全ての決断の中で不誠実・誠実な行動の2種類を計算するのは脳内リソースを要し、また本当に善であろうと企てる行動と、ふりである振る舞いの違いを、人は大抵気が付くことができるとしています。

この性質を持つと一般的なゲーム理論で設定される主体にはできない、相手の善悪を見極めた上で強調戦略が取れる文化が人間には根付いているとしています。

一方で、近代の大規模な組織体では、その「読み取る」力が薄れていき、相互に合理的な協力が難しくなったという話をしています。例えば、企業の製造部門が有害廃棄物を途上国の川に垂れ流し続けているのにも関わらず、マーケティング部門はその事実を認識することすらせず楽しいブランディングイメージを貼り付けることができてしまうようなことです。

その点、DAOは秘密を漏らすどころか最初から全て公開されているという特徴を持っていることにより、特定の主体が悪行をすると利益を得られる状況を作らない・悪行を企てたことを検知できるという、そもそもゲーム理論的な判断を求められる状況を回避する仕組みを実現できてると言えます。

つまり、全てが透明であるが故に仕組み上不正ができないことを保証しており、特定誰か、または組織全体が不正を考えることができなくなる。そして、それを常に検証可能な状態にしている、ということです。

そして、それは組織としての信頼性を上げることに繋がり、更に次元を上げるとDAO内外で信頼の輪を作り、信頼を得られない組織をその輪から排除することができるとしています。(一方で、このような排除の仕組みは特定の主体を排除することができない公共財には当てはめづらいとしています)

長々と読みづらい文章になっているかもしれませんが、DAOという組織形態で運営されている市場こそが信頼できる、超合理性の原理を活用して強調的に組織運営を進めることができるというだけで、そこには実は資本主義的な競争原理という考え方がないのかもしれません。競争原理自体がゲーム理論的枠組みを前提にしている気もします。

実績という形で信頼を得るか、仕組みという形で信頼を得るかの違いという考え方もあるかもしれません。先進国のように、実績という信頼を持っている企業サービスを享受している我々には感じづらい特徴なのかもしれません。


4. 意見の自由市場

TBD


5. 予測市場

予測市場は非常に面白い市場だと思っています。全ての「仕事」がAIに代替されるとして最後に残るのが予測市場だという主張も何かの記事で見たことがありますが、私も賛成しています。予測とは判断に近いからです。
株式市場などもいわば「どの会社が成長しそうか」に対する予測市場であって、つきつめれば全て予測ゲームなのでしょう。

予測を市場に集中化させることで、いくつか社会的に有用な影響が与えられる可能性があります。

  1. 予測対象の事象についての確立を信頼できるリソースとして活用できる

  2. 予測参加者に対して資本リスクを負わせることができる

特に2つ目は、テレビやネットの自称評論家に明確なインセンティブをつけることができます。つまり、本当にその人の評論に自信があるのならば、自身の資金をStake(賭ける)べきであるという主張です。
*加えて、これは1か0という極端な話ではなく、トークンによる予測であれば、確率としてそれぞれの可能性に対して評論する余地も与えています。

この章では、Vitalikは Augur という予測市場サービスで2021年のアメリカ大統領でのドナルド・トランプの当落選に対する予測の例を出していますが、購入できる可能性は以下の3つでした

  • N-TRUMP : (トランプが落選した際に$1の利益になるトークン)

  • Y-TRUMP : (トランプが当選した際に$1の利益になるトークン)

  • I-TRUMP : (何かしら例外的な事象が生じた際に$1の利益になるトークン)
    *I は Invalidを示す

トランプが落選するだろうと予測する人は、N-TRUMPの価格が$1より下回っていれば購入することで予測市場に対して参加でき、Augurのサービス含めサービス自体の欠陥の可能性や大統領選自体の例外的な事象(例えば、暗殺など)の可能性にベットするのであれば、I-TRUMPを購入するといった具合です(I-TRUMPは$0.02近辺で推移していたため、倍率としては50倍の利益見込みがある)

予測市場のニーズを検証するために、一般化して変数を考えてみると、

  • 予測周期

  • 予測の中立性(市場参加者に情報の非対称性を持つものがいないか)

  • 関心の大きさ(= 関心を持つ人数 × 一人当たりベット金額)

の感じで一旦纏めるとすると、大統領選のように周期が長く関心も大きいものだけでなく、明日の天気や気温などもう少し周期の短いものから、ゲームの勝敗みたいなレベルでも利用できそうな気がします。大きく社会/政治経済動向が変わるような意思決定に対する予測の方が需要は大きい気がしますが、一癖あるような予測も実はマスアダプションに向いているのかもしれません。(報酬がトークンだと賭博罪に該当しそうですがNFTなどで回避することもできそうな気がしています)

また、この章の中で「知的な自信欠如」と称されている内容は予測市場の話とは逸れますが非常に心に留めたい内容が記載されていました。

自身の論理的な判断を直接的に信頼するということの大切さを認識したのは、初めてではなかった。そもそもイーサリアムのことを考え始めた時、最初のうちは、しごく当然の理由があってこのプロジェクトは失敗に終わるに違いないという不安でいっぱいだった。完全にプログラミング可能なスマートコントラクト対応のブロックチェーンというのは、過去に出てきた概念と比べると大きな飛躍だが、私より前に他の人が考えついていたはずだ、そう結論していた。だから私は、このアイディアを公表したとたんに、イーサリアムのようなものは基本的に不可能だと十分に納得できる理由を、頭のいい多くの暗号学者が教えてくれるだろうと思い込んでいた。ところが、そういう声はどこからも上がらなかった。

ある行動を他の人が起こしていないのであるとしたら、それは行動を起こさないだけの最もらしい理由があるに違いないと思い込んでしまう。
賢い人ほど、深読みをしすぎて足踏みしてしまいがちということでしょうか。逆に考えなしで突っ込んで反応を伺うくらいのテンションの方がいいのかもしれませんね。



ちなみに、本書籍の元の文章は下記の記事にあるみたいなので、英語で読みたい or タダで読みたい方は下記から見ることもできます。

また、知人がこの本を買ったきっかけはHashHubで公開されている下記の「web3の思想背景」という記事を読んでから興味を持ったみたいなので、私も読みましたがこちらもおすすめ。


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