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ボブ- 謎と呼ばれた男(2)

Part1はこちらから

今日出会った他人が裸で自分のベッドで寝ているという、まさしくインド人もビックリな状況にしては、私は冷静に対応していた。ルーさんに「ねえ、よくわかんない人が裸で寝てるんだけど」と伝えて、対応してもらおうとした。ルーさんもよくこんなことを聞かされて動揺せずに「分かった、俺が話す」なんて言えたもんだ。彼は本当に肝が座っている。

私のベッドで爆睡しているボブを起こし、とりあえずベッドから出てもらおうとした。しかし彼は頑なに断った。
「絶対にこれが僕のベッドだから降りないよ」
彼はまるでこっちが間違っているかのように、正々堂々と言ってきた。いや、私そのベッドで何日も寝てるし、なんならお前さっき私がそのベッドで携帯いじってるの見ただろ。ちょっと腹が立ってきたが、みんな寝てるので声を上げることもできず、静かにとりあえず私のベッドから降りてくれるように説得した。

なんとかベッドから降りてもらったが、彼は今度自身の寝る場所がないと騒ぎ始めた。ボブ曰く、一番下のベッドにあるヘルメットは自分のではないから、他人のベッドだと主張し始めた。きっと間違えて誰かが置いたのだろうと言っても聞いてくれなかった。ルーさんと二人で「他人のヘルメットがあったとしても、そこしか空いてないし、今起きているのは僕たちと別部屋の3人だけだからもうそこで寝てくれ」と懇願してやっと彼は折れてくれた。

夜更のベッドの中

やっと自分のベッドが確保できたと少しだけ安心して、寝る支度をしてベッドについた。まだ彼は騒いでいて、どうやら二段ベッドの下段にいたインド人を起こしたらしい。この時点でボブのせいで、部屋のみんなの目が覚めていた。

彼らの会話を聞いていると、どうやら上段にいるカイルとエレーナについて話しているようだ。いや中学生じゃないんだから、誰かがヤったくらいで大騒ぎするなよ、と思ったし、これをカイルとエレーナはどう思って聞いているのだろうか。そして、その会話の内容は徐々に過激になっていった。
「ねえ、上で何か楽しそうなことやっているねえ。何しているのかな?僕たちも同じことやってみない?じゃあまず、君のベッドに入れてよ。わあ同じベッドにいるね。で、次はどうする?」
私は最初は冗談かと思った。しかしどんどんエスカレートしていく。気づいた時には、彼らは今までに聞いたことのないくらい大きな声でセックスをしていた。何回もベッドから落ちながら。私は別にドミトリーでのセックスには反対ではないが、節度ってものがあるだろう。しかもめちゃくちゃ長い。なんでこの人は裸で私のベッドで寝ていた5分後には、大声でセックスをしているのか。もう訳が分からなかった。

みんなに見せつけるかのような長い行為が終わった後に、彼は何事もなかったかのように、あれだけ寝ることを拒否したヘルメットが置いてあった三段ベッドの一番下で眠りについた。ドミトリー中のみんながあまりの状況の急転換について行けず、謎が残ったまま静けさの中に取り残されていた。

朝の静寂

ホステルという場所は、人の入れ替わりが激しいせいか、"what happenes in vegas stays in vegas" のように昨日の狂気は昨日に置いてくる、明日は明日の風が吹く、といった場所だ。だから、昨日のあれだけの不可解な出来事も夢であったかのように、翌朝は平和に戻っていた。

まだみんながウトウトしていた中、ボブが朝ごはんを部屋まで朝ごはんを運んできた。一人で食べるのかと思いきや、昨日の相手のインド人の元へ行き、優しくキスをしながら朝ごはんを渡していた。一晩抱いただけにしては優しいじゃん、と不思議にも初めてボブに好意を感じた。

朝ごはんの後、ボブはチェックアウトした。そして、その相手のインド人と一緒にバイクへと向かって行った。そう、ただの一晩の関係かのように装っていた彼らは、元々知り合いだったのだ。そして、その相手と一緒にバイクに乗り込んで去っていった。あれだけベッドを拒む理由に使っていた、あのヘルメットを被りながら。

終わりに

彼が帰ってからも私たちは彼が残した謎解きに苦戦していた。彼は、他の人のベッドに入り込むために自分のヘルメットをわざとあそこのベッドに置いたのだろうか?なぜ相手のインド人と知り合いだと言わなかったのだろうか?彼の行動は何も理にかなっていない。しかも他の友達によると、彼は男女関わらずみんなのベッドの位置を聞いていたらしいし、カイルとエレーナのセックスを見るために、いちばん見晴らしの良い私のベッドに忍び込んでいたらしい。それに自分はあれだけ大声でセックスをしていたくせに、カイルとエレーナのセックスについて文句を言っていたとも聞いた。なんなんだ、彼は。

昨日は一日、みんな度合いは違えど彼に対して畏怖のような感情を抱いていた。しかし一日経って彼がどんな人か分かりだすと、みんな彼をいわば狂人のように扱い、普通の人間のコミュニティに属せない「可哀想な」人と見始めた。質の悪いアルコールにやられたからだの、幻覚剤のやりすぎだの彼がああなった理由を探し始めた。

私も彼に対して恐怖のような感情を抱いた。でもそれは自分が襲われるからとか、自分が傷つけられるからとかではなく、あれだけ初め「普通」に見えた人が狂人であったという自分の判断の愚かさと、自分の理解を超えた世界の混沌さに対する恐怖であった。

いただいたサポートは、将来世界一快適なホステル建設に使いたいと思っています。