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シリーズ考察/ハッピーエンドの期待は皆無。柳沢きみお「男の自画像」で考える人生七転八倒、とりい先生訃報。

ボクは問いたい。

君は東京セネターズってチームを知ってるかい?
知らないだろう。正しい答えです。「もちろん!」なんて答えは最初から期待してないんですよ。そう、おそらくほとんどのひとが知らない。東京メッツや大阪ガメッツは知っていても、そして千葉パイレーツに夢中になっていてもセネターズは何それ的塩反応。それが正常。当たり前なんです。

セネターズは東京メッツや千葉パイレーツと同様、架空の球団の名前である。おそらくモデルはヤクルトスワローズだろう。その球団に所属していたのが並木雄二というピッチャーだ。

フィニッシュ・ボールは切れ味鋭いシュート。だが多投したことで肘を壊し任意引退へ追い込まれ、ごく平凡なサラリーマンとして日々を過ごしている。元CAの妻はプライドが高く「私はプロ野球選手と結婚したはずなのに」と愚痴っぽい。2児の父親でもあるが、現実逃避先として愛人宅に時折身を寄せている、、とまあ冒頭のストーリーはざっとこんな感じだ。この時期のザッツ・柳沢きみお的大人の寓話。平凡なサラリーマンが行き詰まって愛人に逃避するのは「瑠璃色ゼネレーション」、「愛人」、「流行唄」、「未望人」、と構図はほぼ変わらない。毛色が違うのは「野球」というジャンルに柳沢が取り上げたところだ。

野球といえば水島新司1強の時代である。プロ野球を舞台に、という意味では「野球狂の詩」「あぶさん」「虹を呼ぶ男」があるが、元プロ野球選手のその後と復活劇にフォーカスしたのは画期的だったんですよね。だって「新巨人の星」ぐらいですよね。それも左腕を壊し投手復活絶望の星飛雄馬がバッターとしてカムバックってふれこみだったし。「男の自画像」の並木はあくまでピッチャーとしてカムバック、しかもその復活劇が妙にリアリティある描写なんだよなー。

当時はまだ「プロ野球戦力外通告」なる特番もなかった時代に「男の自画像」は「あきらめきれない」男たちの悲哀を真正面から描いた貴重なマンガだった。並木は元々所属していた東京セネターズへの復帰を熱望するも、なかなか思うように話は進まない。で、彼は西武の森監督へ直訴する。30も半ばを過ぎたクローザー志望の変化球ピッチャーを欲しがっているのは当時の西武だったから。森監督は並木のボールを見て「いますぐ欲しい」と熱望するも、結局並木は(条件が悪い)セネターズを選ぶ。それを知った森監督が男泣きするシーンは最高ですよ。こうやって思い出しながら書いてるだけでジンとくる。ジンといえばときめきのジン。村生ミオが少年キングに連載していた傑作ラブコメね。って本文とは一切関係なし。しかし、ときめきのジンってすごいタイトルだよなァ。

あと「男の自画像」が画期的なのはプロ野球チームをひとつの企業体として描いた点だ。「課長島耕作」視点と言ってもいいかもしんない。成績不振で首を切られそうな監督、翌年もスタッフとして残留すべく人脈作りに腐心する性格の悪いコーチ、上層部に逆らって契約満了に追い込まれたスカウト担当などなど。マンガの世界の「プロ野球」って夢物語だったと思うんです。小学生なのにジャイアンツのピッチャーとして長島〜藤田監督時代に活躍した「リトル巨人くん」なんかその最たるものじゃないですか。似た作品で「童夢くん」ってのもありましたな。高橋よしひろの「悪たれ巨人」に関していえばプロ野球球団が実質3軍を作ってリトルリーグ化して試合しまくるっていう荒唐無稽な作品でしたがあれはあれで面白かった。でもあくまで夢物語なんですよ。「リトル巨人くん」も今にして思えばとんでもない野球マンガですよ!小学生なので体力的に完投は無理(完投したことはあるけど)、時々学校の成績が悪くて居残り、さらに野球禁止も告げられ中畑清とかが家庭教師やるエピソードありましたね。嫌いじゃないです、こういうノリ。

そこにリアリティを持たせたのが水島野球マンガなんですよね。設定は荒唐無稽ですよ。だって実際「白鳥の湖」とかバッターボックスでヤラれちゃったらキャッチャーも審判も恐怖ですよ。目の前でバットがぐるぐる回ってるんですから。今なら世界的シティ・ポップブームにあやかって「秘打・瞳はダイアモンド」ぐらいにして欲しいですよね(「大甲子園」参照)。

「男の自画像」にはそういう実現不能なプレイは登場しない。並木が復帰をかけて生み出したナックルだって実在の変化球である。このへん水島新司が「野球狂の詩」でドリームボールのアイディアをノムさん(野村監督)に相談しながら具現化していった経緯と重なりますよね。「ドカベン」における里中智のさとるボールとかさ。「ドカベン」プロ野球編のスカイフォークあたりになると「新巨人の星」における大リーグボール右1号の世界に近いんですけど。

「男の自画像」に登場する元プロ野球選手たちは並木を除けばほぼ成功していない。あるものはアル中で孤独死、あるものは闇の世界へ足を踏み入れ鉄砲玉になって死んでしまった。またあるものは焼き鳥屋を経営してるが経営不振で閉店、故郷に帰る羽目になり、ぼったくりバーのマスターになったものすら登場する。並木も現役復帰するが結局はまた肘を壊し任意引退、だが裏方として第二の野球人生を歩むことになる、というところで物語は終わる。

ピッチャーとして大成功し、次から次へとあらわれるライバルとの一騎打ちにならなかったことがこの作品を名作と呼ぶにふさわしい風格を与えている。ライバルは一応存在するけど(元配送業のガタイのいいあんちゃん)ストーリー上、特別な影響を与える存在ではない。あんちゃん、並木に触発されてプロ入りするんだよなァ。高校時代に出来婚で子沢山。阪急かどっかがスカウトに来たけど断ったという枝葉なエピソードは悪くないけども。


「男の自画像」の連載が始まったのが1986年だ。巨人は王監督時代でヤクルトスワーローズの監督は関根さんだった。村上春樹の「ノルウェイの森」が刊行されるのは翌年秋。ボクの脳内年譜によると高井麻巳子はまだ秋元康と結婚してなかったんだっけ。とんねるずはこの年に初の民放ゴールデン枠でのレギュラードラマ「お坊っちゃまにはわかるまい」に主演、さらに映画「そろばんずく」と破竹の勢いでスターダムへ駆け上っていき、ボクはといえば「夕やけニャンニャン」をぼーっと見ながら妙にプッシュされていたパワーズを見て「いつまでもこんな時代は続かないな」と思った。パワーズは思うにポストとんねるずを期待されてたんだろうな。

この時期、ボクはまだ柳沢きみおフリークではなかった。その師匠筋にあたるとりいかずよし氏が「トップはおれだ!」というサラリーマンもの(ギャグではない)をビッグコミック系列で連載、実際「トイレット博士」や「うわさの天海」の頃よりも絵柄は四等身ものではなく八頭身でキャラが描かれるようになりテイストとしては「第三野球部」の頃のむつ利之に近い絵になっていた。と、ちょうどこれを書いてるときにとりい先生の訃報を知る。「トイレット博士」は後追いでリアルタイムで読んでいたのはコロコロコミックの「ロボッ太くん」なんですよね。メタクソ団よりもKP団。知ってるかなァ、KP団。正式表記(読み方)は自粛しますが応募者全員にKP団バッジをプレゼントなる大盤振る舞い企画やってたんですよ、当時のコロコロは。数年前、実家の自分の部屋を整理してたら出てきたもんな、KP団バッジ。画像掲載は自粛しますが。ご冥福をお祈りします。

ボクは思う。どうして柳沢は「男の自画像」や「流行唄」のような中年サラリーマン・ハードボイルドロマンス路線で描き続けなかったのか。漫画界の山田太一的路線は充分狙えたのに。妙な諧謔路線で「次男物語」、「自分が好き」、「ふしだらなフェイス」とホームグラウンドを小学館から秋田書店へと移したあたりでエロティック・コメディ路線の作品を多発していく。女子アナものの「100%」のスマッシュヒットの後連載した「形式結婚」がその最たるものだったりするのだが。もしかすると師匠ライン、赤塚不二夫〜とりいかずよしというギャグ路線がDNAとして刷り込まれていたのか。そう考えると「翔んだカップル21」など作家としての原点回帰、「月とスッポン」を描いてた頃の自分を取り戻す「GET BACK」セッションのような狙いがあったのかもしれない。

「只野仁」シリーズはどう捉えるんだ?あれこそハードボイルド路線じゃないのかと仰る方もいるだろうが、ボクの中では全然違うんです。ミスターマガジンで連載していた「東京BJ」やヤングサンデーの「青き炎」といったクライムサスペンスものに近い。そこに勧善懲悪、裏社会ヒーローという要素を主人公に組み込み、わかりやすく構築したものでしかない。シンプルでわかりやすく。そもそも狙いが仕事帰りの疲れきったサラリーマンの慰安が目的の作品なのだし。国友やすゆきの「幸せの時間」シリーズをさらにキャッチーにしたものだと思うのが正しい。慰安なのですよ。だから週刊現代にも連載されていたのだ。

「男の自画像」は挫折と再生のドラマとして物語は始まっている。だがオールオッケー、誰も大成功などしてないし結末ではわずかな光明は描かれているものの、物語のカタルシスは足りないのかもしれない。それがいい。いや、それでいいんだ。

頑張れば大丈夫。頑張ればなんとなるなんてそんなメッセージは誰も期待していない時代だ。だったらなんにもやんなくてよかよかとすべてを放棄するのが正しいのか。いやそれも違う。七転八倒、のたうち回れよ。村上春樹がかつて書いたように「踊り続けろよ」ってのが正しい。

「男の自画像」はとにかく踊り続ける(続けたい)中年男、最後の青春ドラマだ。ゆえに読後感はやたらと清々しい。明確なハッピーエンドじゃなくても。


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