小説 球体関節の幻視(2007年)

力もなしに、ぐったりとした様子で、コンクリートの壁にもたれかかって、鋼鉄のようにひきしまっている、皮膚の表面に、紫朝顔の蔓草を、びっしりと纏わりはびこらせている、まだうら若い、黒い肌をした女の剥き出しの裸体は、強引無残に、その中心部を切り開かれて、サフラン色や桃色の腸を朝のひなたに肌理鮮やかに見せびらかしていた。――蔓草の繊毛のところどころから、色のない粘液が、てらてらと流れて、光沢していた。――女は生きてはいないようだったが、それにしたって、血は一条も、見当たりはしなかった。その様子は、彼女が生きた剥製さながらの様子の、壊れてしまった人形なのだということを――いいや、壊れてしまった人間をモチイフにした、精緻な球体関節人形の完成品であるらしい、ということを、通りすがりに見る者すべてに、やんわりと伝えさせるのには十分だった。――ディープグリーンの澄んだ眼球。黒曜石のようにしなやかな髪質。すっきりしていて端整な目鼻立ち。――うすくアイシャドウを曳かれた二重の瞼は、気怠げで、どことなく朦朧としている印象を与えた。

銀光りのするアルミニウムの自転車が、通りすがりに青ざめたそよ風を置き忘れていくと、ほとんど透明な羽根を背中から伸ばして、まっるで融けた飴玉みたいにやわらかい生き物が、二匹か三匹、ぴらりぴらりと舞い込んできて、その髪の毛の上にふわふわと停留していた。ほとんど吸い付くような按配で、自分の居場所を安定させると――ほっそりとしている明るいひざを、直角にくっきと折り曲げて、陽炎みたいにくつろいでいた。その間中も、背中の羽根は、たえずぱたぱた運動していた。

(2007年頃から執筆し2012年完成)

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