詩 口述筆記で(2004年)

口述筆記で空に刻んだ譜面からその眼の中に
一つの対位法をとって
次々に新しい色彩が流れ出ていく
彼女はテーブルの上に頬杖をついて
微笑みながら耳を澄ましている
色褪せた蜃気楼のように何かが浮き上がる

それを受け止めているきみの背後で
水とは別のもので満たされた海の残響と一緒に
口にされることのないものが 
感覚だけの悲鳴をあげる
型どおりの挨拶をしてぼくたちは別れる

遠くで何かを囁いている声たちの隙間から
過去は淀みなく溢れ出ていく
きみを循環しているあらゆる液体と混ざりこんで

見上げた場所にある
途方もなく大きな夜がかすかに口を開く
燃えるように 
上空で赤黒く滲み広がっていく光の不純物に
なにかが吸いこまれている
理由もなしに周囲は漂白されていく
怒りに似た感情に取り付かれて
まなざしだけが叫びだしている

家という家はもう一つの意味を飲み込んで
沈黙よりも激しく
幾何学的な静寂を歌う
途方もない高みのなかを
幾重にも連なった琥珀色の波を閉じ込めたまま
薄く凍りついた深い空の海を
生々しいはばたきを抱きながら黒い鳥が飛んでいる

(2004年)

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