小説 窓の向こうにある部屋(2007年)

 向こうの家の窓の中には誰がいるのだろう。小さな影が、どよどよと動いたり、波のように揺らめいたり、両手を変な風に広げて痙攣したり、しているのはなんなのだろう、たぶんあの窓の向こうには舞踏家が住んでいるのかもしれないと考えた、けれどももしかしたら動いているのは影ではなくて、窓なのかもしれない。そうでなければ、時々あの窓が、二つになったり四つになったり、増えたり減ったりしたりしている理由が分からない。思い返してみると、何度も何度も、電気がついたり消えたりするので、停電が起きているのかもしれないと思ったりしたこともある。あるいはわたしに発作が起きて、見ているわたしの知覚のヒューズが故障しているのかもしれないと思ったりもした。あるいは消費する熱量が大きすぎて、わたしの精神的なブレーカーが落ちてしまったのかもしれないと思ったりもした。あるいは、中に住んでいる住人か誰かが、外出する際に忘れ物をしたような気分に襲われて、ひどく慌てて踵を返して、何かを探しているのかもしれない。だけれど一体何を忘れたというのだろう?

――黄色くて、そこはかとなく温もりを感じさせる、そっけなさとさみしさの両方の印象を与えさせる、奇妙な一つのまぶしさの中で――ちいさな影が、あたふたあたふた、あたふたあたふた、踊っては――付いたり消えたり、付いたり消えたり、繰り返している。わたしが何にも動かなければ、この中にいる人はそのままずっと、あたふたあたふた、踊っているのを繰り返しているのかもしれないと思う。けれども、動いているのが窓だったりとか、すべてがわたしの思い違いだとか、あるいは思い違いでなかったとしても、却って自分が干渉しようとしたら、なにか逆効果になるんじゃないかと思ったりすると、そのまま黙って見ていることしかできないような、気にさせられた。

――そのうちわたしはすべてが何かわたしを騙すための罠なのかもしれないと思い出した。だけれど誰がこんな事を仕組んでいるのだろうと考え出すと、こんな奇妙なものの見方を、しらずしらずに作り上げている、自分の意識を構成している、深層心理のシステム以外に、誰も怪しい人間を考える事ができないのだった。しかもそういう自分を追い詰めていく、探偵もやっぱり自分の深層心理の中にいるのだった。いつまでいつまでも鏡の中の世界に入り込もうとして、鏡の裏の、反射面になっていない部分に、秘密のドアでもあるかのように、単調なノックを繰り返している、子供の姿になったみたいに自分を感じた。

――窓の向こうの部屋に行こうとわたしは思った。

(2007年頃執筆し2012年に推敲)

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