散文詩 いらだち(2007年)

 ニュースペーパーの、乾いたパルプの屈折した襞が、ぱりぱりと屈折する。Sの両手の二の腕は、とてもほっそりしていて、身勝手だ。ふとした拍子に、両手は態度を表現させる。

――食事の支度の時間がくる、Sの目の前にあるのは、煮込まれたルージュ色の綺麗なシチュー。鍋の中で、熱を帯びた無数の半球が生まれて消える。それは自分たちよりもずっと大きな透明な球体たちから逃げていくばかりの、みじめな灰汁たちの寄せ集めの群集をもぴたぴたと生産する。その先端をへっこりと屈折させている、長い柄をつけた、銀色の巨大な半球が空から降ってくる。それは宇宙船のように何度も何度も降りてきては昇っていく。おたまと呼ばれるこの飛行物体は、群集たちをすいすいとキャトルミューティレーションさせる。

 お皿に付着して、様々な模様を描き出す精細微妙な、そうしてあんまり見栄えのよくない汚れや泡たちは、スポンジで拭くのも面倒くさいと思ったらしい、Sの、使い古され、しわくちゃとなったサランラップの歪んだ透明に、すうっと一度に、拭いとられて、消え失せていく。

 右利き腕の、少し似た心地で、透き通っている肌の表面で、うっすらうっすらと、自分を浮かべている静脈の血管では、気まぐれでわがままで飽きっぽい、寂しがりやな血漿たちが、ふつふつふつふつ沸き立っている。少し湿ったオブラートに似てぺらぺらしている、ろくに深みもあるとも言えない、ある感触が、明るみだけは、嘘つきみたいにやさしい小部屋を、ぬくぬく冷たくつつんでしまうと、Sはたちまちいらだちを覚えて――いや正確にはそれに近しい、けれどもどうにも身持ちのならない厭な心地を、皮膚の先から、産毛の先から、覚えてしまって――Sはそうして、またしても、あの新聞紙のパルプの襞を、ぱりぱりぱりぱり屈折させる、へんで勝手な両手の素振りを、数瞬間後にはっと見つける。

(2007年頃から執筆~2011年に完成)

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