散文詩 水彩画(2006年)

 その美術室の片隅では、憂鬱な淡い色彩を描かれている、水彩画のカンバスが、微睡むように壁にもたれていて、その乾ききらない地肌の畔では、アメンボのような、飛蚊症のような、なにかギザギザしている、ノイズのような輪郭が、ひょいひょいひょいひょい跳躍している。

 その絵の中では、雑草ばかりの野原の中心の、大きく開けた何もない空間に、すっかりしおれたリンドウが、茎のあたりを踏みにじられて、草地でしっとり仰臥しているのが、印象派風の、淡い筆致で描かれている。

 そしてその紅い蕾の、こんもりしている膨らみのそばでは、小さな綿のような、毛玉のようなものがいくつかふわふわとただよっている。それは舌を抜かれた小人たちの幽霊で、取り付く相手の居場所を探して、ひゅるひゅるひゅるひゅる輪っかを描いて、目配せし合って、揺れている。

 繊細な筆致で、うすく降っている小雨が描かれていて、些細な雨の、きらつく體が、清潔なままで、やわらかくとろけて、画面の右手前に描かれている、蔦の絡まる白いテーブルに、こぼれた葡萄の乾いた苦汁を、しとしとしとしと、叩いて溶かして、したしたしたした、流していく。

 左手の隅には、蒼いヴェールを身に纏って、紅い服を着ている、聖処女マリアの服をきた、女のマネキン人形が、藪の奥地で座している。

 わずかに傾いだ首筋のうなじに、気品のある俄雨を降らせてくれる灰色の空と、木々を透かして浸透してきた、陽射しがやすらって、その表面をつやつやさせている。

 膝には藤蔓で編まれた籠が乗せられて、籠の中には、釘と茨と針金で、複雑精緻に編み合わされた、銀光りのする人形が、青いシーツにくるまれて、うとうとうとうと眠りこけている。

 (2006年頃から執筆し2011年修正 2018年推敲)

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