散文詩 アジサイ色の未亡人たち(2017年)

「ニセキレイな黄鶺鴒(きせきれい)が奇跡の霊になって奇声をあげている、蒸し蒸しした湯圧のふしぶしで、赤い色の紅玉たちに点綴されている、水のような宝石になった虫たちがつぎつぎにしたたっている、雨林(うりん)の合間で、アマテラスの花をちぎって、アネモネとアマリリスの花にしがみついている、小さな小さなアスタルテ、願望に騙された魔法少女たちのグロテスクな成れの果てが、やんわりと写り込んでいる御影(みかげ)石、それはウムラウトのように、話し言葉にニュアンスをつけていく」

「冬から春にかけて、粉のようにおりていく、こども時代の未亡人たち、椿の花のように、落ちたそばから萎れていく――だからそれを御見舞に持っていってはいけないよ――パラソルの花が咲く街を、きみは窓から見下ろしている。その心境は、雨の羽衣に覆われて、ずいぶんずいぶんずぶ濡れている。体中の下水管からほろほろと鳴く鳥が逃げていくような心地で、雨のしたしる吉野の森を傘もささずにさまよっている。いつまでも、うなだれているあじさいとアイリスに紛れ込んで、落ち武者狩りをする人食い蟻たちに紛れ込んでしまい、秘密の合図かなにかで自分の正体がさらけ出されてしまうのではないかという重圧におびえながら」

「手暗がりのなかで着信有りと表示される画面、真実の在処がどこにあるのかをきみは知りたい、そういう願望を持つこと自体が、ひとつの現実の在りかただったと思う。きみは彼との契約を断った。それは妥当な判断かもしれない。当たり障りのない言葉。きみはただ、この世界の片隅でわたしのことをみつけてくれて有難う、というような事を言う以外に、なにがあり得ただろう、そういう風にさせたのはきみの方なのだから。露に煙るコデマリの花々が、薄明かりのなかでほのほのとゆれている、その光景を飾りにして、ありったけの重みが、昇華されて、浄化されて、蒸気になって、この不条理な城下町の空を抒情歌のように遠のいていく、本当にそれでよかったのかな、ときみは自問する、それともこれはただ独りよがりだったの、呪文のように、ありがとう、そういい続けていると苦しい、比喩と現実と空想の区別がつかなくなるから。僕と契約して魔法少女になってよと、投影された願望の形になって、ささやく声が、聞こえてくるから」

「人間たちの文化というのは細い区別をしないことによって成立しているから、内面でどんな事を考えていても、ゲームの規則に従っている事によってさしあたっては無言の契約が結ばれてしまうから、細い確認をしなくても大丈夫だよ、自分の魂を宝石箱に閉じ込めてしまえばきみはどんなことにも耐えられる、魂というのは願望の形をしているんだ、あまりにも強すぎる願望が壊れてしまったら、体がどんなに丈夫であっても、死んでしまうのは仕方がないよね、それなのになんできみは確認しないといられなかったんだろう。きっと確認しなかった時に限って失敗してしまう、そういう人生を送ってきたから、臆病になったんだね。そして自分が実際にはなにを望んでいるのかよくわからなかったから、怖かったんだね」

「どうして人間というのはこんなに怖いんだろうときみは自問する。人間たちがやりとりの中で自然にみにつけていくあいさつのルールを、どうしてどこかで猥雑なものに感じてしまうのか、わけがわからないよ、こんにちは、おはよう、こんばんは、さようなら、ありがとう、すみません、わかりません、あなたが実際にはなにを言いたいのかわたしにはよくわかりません。知りません、なんでそのタイミングでそんなに長く黙ってしまえるのかわたしにはわかりません、でもわたしの話を聴いてくれてありがとう、わたしの理論的にみえて実際はうろんなだけかもしれない有象無象な言葉に答えてくれて有難う、実は仲良くなりたかっただけなんです、森の中で動物たちと楽しく遊ぶようにあなたと親しくなりたかったんですよ、本当なんです、でもそれは、あなたと動物に対するわたしというへんな動物の誤解と妄想と思い上がりだったのかもしれない、彼はそう言った。そう言って立ち去った、きみは恐れる、自分自身が何を願えばいいのか分からないことが、他の誰かを苦しめてしまうことだってあるのだから」

「きみはよく彼のことを考えた、というか、彼のことが頭から離れなかったね。きみは彼によって、彼についての想念によって、自分じしんを奪われていたんだ。でもそれはきみの中で話す彼によってそうであるだけだから、ほら、きみの視界には、彼はもういない。感情と空想と認識と実際のものごとのありかたを混同させてしまう事を何度繰り返したら、もう転職を繰り返さないで済むのか、本当にきみには分からない。僕にもわけがわからないよ。生まれ変わりになるように、誰かの身代わりになるように、果たされなかった可能性の選択肢を潰しにかかっていく、永劫回帰する可能世界の迷宮の中でいつまでも戦い続ける魔法少女の名前は、まるでヘラクレイトスの火のこどもたちの伝説からの、引用からできているみたいだね。この世界ではいつでも雨が降っている」

「きみは身の置き所がなくなって、とりあえず雨のしたしる井之頭通りで、あわあわと目をさましているあじさいの花の色を、愛でることしかできない。だってその花の形は、少し角がとれてやわらかくなった星の形をしているからね。それは彼が別の星からきた王子様だった、つまりは永遠の少年コンプレックスを抱えている青年だった、という事を言外に意味した」

「彼は彼の星を次々に失くして未亡人になった。つまり自分自身はまだなくなっていないけどそのうち亡くなるということを知っている、という意味だ。ついでに言えば未忘人でもあるし、きみにとっては未恋人だった、でもこれから先は未来人になるのかもしれない。だれかが来るのを待っているよ、僕と契約して魔法少女になってよ、彼はそう言う。彼等のように。そこらじゅうに無数の魔法少女たちのなれのはてが転がって、中身をなくしたガラスびんのように鈍い音を立てている事をきみは知っている」

「もう誰も魔女になってしまい苦しまなくても済むようにしたいときみは切望する、きみはしかめつらをする代わりに、鹿のつめのように滑らかで透明な瞳をしていたから、それはすべてを調停する魔法陣のように円形だったから。滅亡にひんしている惑星よりも、そこからやってきて人々を誘拐する未確認飛行物体よりも、魂の純粋な全体性を象徴している円形をしていたから、なにより愛されるということを知っていたから――人間であることも魔法少女であることも止めて、原理になることができるんだ。きみはゲームのルールを書き換える、きみの変な動物たちや青年たちに投影する願望は別のだれかの願望の引用にすぎなかったことを、きみはもう知っている。――きみがきみの宇宙の因果律に干渉することができるためには、願望と反映でできている宝石箱のゲームの向こう側で、習慣とみせかけのゲームの向こう側で、そこからこぼれ落ちてしまった魔女たちの秘密を知らなくてはいけなかったんだ。でも本当に知りたかったことを確認した時、きみはそこからいなくならなくてはいけなかったんだね」

「地球がそうであるようにきみも僕も宇宙からきた。消滅しつつある星のために、生き延びるためにあらゆる手段を駆使してきたんだ。――僕はきみの願望の一部だった。きみが本当の願望を知るために必要な、躓くための石だったんだ。そしてその石はまた魂を閉じ込めてもいたんだよ。僕たちはもう死ななくてはいけなかったんだ」

(テーマは魔法少女まどか☆マギカより引用)

(2017年)

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