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遊びの哲学:「遊ぶ」という動詞を因数分解してみたら新たな地平がひらけてきた

「遊び」という名詞は古今東西の哲学者や研究者の探究の的である。遊びの科学、遊びの工学、遊びの理学、遊びの文学、遊びの芸術、遊びの技術、遊びの戦術、遊びの占術など。いくらでも主題が生成できることが魅力的。ひとを惹きつけてやまないのが「遊び」だ。では、「遊ぶ」とはいったいどういうことだろうか。具体的には、「遊ぶ」を他の動詞に翻訳できるか。この論点について考察してみたい。理論的枠組みとして、フランスの作家で批評家のロジェ・カイヨワの4つの分類を借用してみよう。①競争(アゴン)、②偶然(アレア)、③模擬(ミミクリ)、④眩暈(イリンクス)。時代を遡ればホイジンガーの言説。カイヨワはそれを要素に分けた上で偶然の補強をおこなう。遊ぶ場には自由と規制(ルール)のグラデーションがあることを言明した。そしてもっとも大切なのは、遊ぶために遊ぶ。つまり、この動詞は自己目的的(autotelic)なのだ。

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